妊娠中の薬剤-総論

先天異常の頻度

<頻度>

何らかの先天異常を持って出生する確率: 1/30 (人口の3~4%)

重篤な身体的・精神的障害を持って出生する確率: 1/50

自然流産の頻度: 1/8

周産期死亡の頻度: 1/30~1/100

生後1週間~1年で死亡する確率: 1/150

(Parper PS: practical genetic counseliling (5th ed.) , p11, 1998)

先天異常の原因

・原因不明 70%

・遺伝子異常 15%

・染色体異常 5%

・母体の疾患 4%

・母体感染 3%

・絞扼 2%

・催奇形因子 1%

(母体感染はTORCH症候群だけでなく、妊娠初期の母体が高熱を出すことも奇形のリスクを上昇させます。)

胎児毒性の例

1.胎児発育の障害/胎児環境の悪化/胎児死亡/

例:NSAIDsやACE阻害剤による羊水量の減少)

2.胎児の臓器障害

例:アミノグリコシド系抗生剤による第VIII脳神経障害)

3.子宮収縮の異常/流産・早産/予定日超過/分娩遷延

例:NSAIDsによる予定日超過、分娩遷延。 バソプレッシンによる子宮収縮)

4.新生児期への残留による障害

例:クロラムフェニコール系抗生剤によるGray症候群)

5.行動奇形

例:アルコールによる胎児アルコール症候群)

全ての薬剤は胎盤を通って胎児に作用する

胎盤通過の機構

1.拡散 diffusion

a. 単純拡散 simple diffusion

濃度勾配に従って移動 (多くの薬剤

b. 促進拡散 faciliated diffusion

carrior分子があり、それと結合して移動する (ブドウ糖等)

2.能動輸送 active transport

エネルギーを消費した濃度勾配に抗する選択的移動 (アミノ酸、ビタミン等)

3.食細胞移動 pinocytosis (免疫抗体等)

4.繊毛細胞の裂け目 breaks (血球等)

胎盤の通過を規定する薬剤の物理的・化学的性質

1.分子量の大小

分子量が300~600以下のものは通過し、1000以上になると通過しない。

2.イオン化の程度

イオン化が強いほど、通過しにくい。

3.脂溶性か水溶性か

脂溶性のものは通過しやすく、水溶性は通過しにくい。

4.タンパク結合率

タンパク結合率が高いほど通過しにくい。


<胎盤通過性の例>

よく通過するもの

殆どの薬剤、脂溶性ビタミン(D,A,K,E)、ステロイド、バルビツレート、ジアゼパム、ペニシリン、セフェム、ワーファリン、インドメタシン、脂溶性サルファ剤等

やや通過するもの

水溶性サルファ剤、ストレプトマイシン、カナマイシン、テトラサイクリン、サイロキシン、クラーレ等

通過しにくいもの

ネオスチグミン、ヘパリン、ポリペプチド、性腺刺激ホルモン、デキストラン、トラジロール、ウロキナーゼ等


全ての薬剤は”母体循環を介して”胎児に作用する。⇒外用剤吸入薬のように母体循環に入らない薬剤の安全性は高い。(特に喘息患者である母親は吸入薬を躊躇してはいけない。胎児は母親の酸素の余り物を使っている。母親が苦しいときは、子はもっと苦しい。

概説

妊娠中の薬剤投与については、

胎生4wまでのAll or none の時期

胎生4~16wの催奇形性が重要になる時期

胎生16w以降の胎児毒性が重要になる時期

で分けて考えないといけません。


いずれの時期においても、また日本でもアメリカの産婦人科学会でも有用性が危険性を上回れば使用するという姿勢のようです。

明らかに有用性が危険性を上回るには、母体がHIV感染者の場合です。

抗レトロウイルス剤を投与しないと約30%の児に先天性HIV感染を引き起こすのに対し、

抗レトロウイルス剤を投与して管理すると、99.6%の児への感染が防げます。

これら以外も、糖尿病、高脂血症、高血圧、甲状腺疾患、てんかん、心疾患のような一過性のものでない疾患は

原疾患のコントロール不良による胎児への悪影響の方が、薬剤の危険性を上回ることが多いのですが、

より危険性の低い薬剤や投与法に変更する必要があります。

感染症に関しては、せいぜい1週間程度のものが多いので、

投薬せず、治るのを待つことが多いですが、妊娠初期の高熱は奇形のリスクを上昇させるという報告もあるため

例えばインフルエンザの際にリレンザのような局所投与する薬剤で治療することも選択肢です。

(リレンザはタミフルの血中濃度のせいぜい1/10程度しか上がりません。)

抗生剤については、感染症の1~2割程度しかなく、

溶連菌やマイコプラズマは迅速検査で診断でき、百日咳も採血で白血球の上昇や、リンパ球の増加を見ることによって

ある程度判断できるので、検査せず投薬することはお勧めしません。

インフルエンザではリレンザも有効な手ですが、わずかでも血液中に入ることが気になるなら

桂枝湯がお勧めです。

麻黄湯がタミフルに匹敵することは有名ですが、桂枝湯も遜色ないレベルだったという報告が出てきました。

通常の感冒(ライノウイルスやコロナウイルス等による上気道炎)にも有効のことが多いので、

感冒には、桂枝湯類や香蘇散を用いることをお勧めします。

前者は、シナモン、ナツメグ、生姜、甘草といった食品として摂取されているものが成分で、

後者は、シソを主体とした処方です。

漢方の催奇形性についてはツムラがマウスに500倍量を投与して、奇形ができないことを確認していて、

また妊娠初期に投与された例でも奇形ができた報告はありません

個々の薬剤については、FDAのPregnancy risk category を参照してください。


日本で、薬剤の添付文書に「投与しないこと」とされる薬剤の内容は次の通りです:

1. 胎児や妊婦に実害が起こることが証明されている薬剤

例:サイトテック、ワーファリン、サリドマイド)

2. 胎児や妊婦に実害が起こることが動物実験から示唆されているが、人ではその可能性がほぼ否定されているもの

(実はこの逆の例がサリドマイドで、ヒト以外のあらゆる哺乳類で奇形が起きていませんでした。)

3. 更に安全であることが確認されている他の選択肢がある薬剤

キノロン系抗菌剤)

4. 妊娠中は投与する必要がない薬剤

ピル)

5. メーカーが妊婦に投与してもらう必要がないと判断している薬剤

6. 治験していないために安全性を確認していない薬剤(これが殆ど


これらの中で投与禁忌は1.だけです。

2.は投与可能。

3.4.5.は投与不要。

難しいのは6.で、個々の薬剤の情報と、母親の疾患への必要度に応じて判断するしかありません。

抗癲癇薬を続けていても90%以上の児で奇形は起きていません

添付文書を見たり、製薬会社に問い合わせたり、内科医に問い合わせただけで

慌てて中絶したり、断乳したりしないようにしてください。

自分でFDAやAAPのサイトを調べたり、文献を調べている産婦人科医や小児科医に尋ねてから判断してください。

虎ノ門病院の薬剤危険度評価基準

薬剤危険度点数×服用時期危険度点数=危険度総合点数

<虎ノ門病院の服用時期の危険度評価点>

<総合点数と患者への説明>

<2009年時点での虎ノ門病院による薬剤危険度点数の分布>

全薬剤 22833件

0点 1382件

1点 15783件

2点 3969件

3点 848件

4点 797件

5点 54件

一般に4点以上が危険な薬剤とされているが、全体の中の3.7%に過ぎない。

ほぼ安全な0~1点が75%を超える。

<投与時期の危険度点数分布>

全相談 22833件

0点 6784件

1点 103件

2点 159件

3点 1092件

5点 12601件

大半が妊娠8wまでに気付く人が多いため、それ以降の相談は少ない。

<総合点数の分布>

0~6点 83%

7~11点 11%

12~19点 3%

20~25点 3%

<総合危険度点数と実際の児の奇形率(虎ノ門病院)>

リスクのない妊娠でも3~4%は奇形児が生まれる確率があり、それと比べても特別高いとは言えず、

人工妊娠中絶は勧められない。

以下のサイトも参考になります。

http://www.okusuri110.com/kinki/ninpukin/ninpukin_00top.html