最初のRNA合成

<水と還元環境>

「98.感冒ウイルスの分類」でウイルスの進化と分類に関して概観しました。
この中で原始的な自己複製体であるGroup II intron を紹介しました。これ以降にもたくさんのMissing linkがありますが、そもそも生命の起源であるRNAのような高分子がどうやって重合できたのでしょうか?

色々な化学反応には水が必要なものが多いですが、H2Oの分子は極性が強いため水素結合によって容易に極性のある分子を取り囲みエントロピーが最大化するように溶かしてしまいます。

結合には水は必要だけど、多すぎると溶解・分散してしまうのです。

海の中では分子が拡散・移動が可能なので、集合する偶然は起こり得るけど、すぐに分散もするのです。
RNAの原料になるA、U、G、Cを入れておいてかき混ぜたら偶然Group II intron やRNA分子になることは可能でしょうか?
コーヒーに溶かした粉末の砂糖が再集合し角砂糖の姿に戻るでしょうか?
このあり得ないほど低い確率の出来事が40億年以上前に起きたのです。

例えるなら角砂糖ができるためには、型を沈めておいて、コーヒーを乾かせば良いのです。
これが起きうるのが海岸の岩石中のひび割れです。


<最初の還元環境は火星にあった>

しかし生命の痕跡があると言われている40億年前は地球に陸地は無く、最初のRNA誕生に向いた環境はありませんでした。そこで少なくない科学者が正しいかもしれないと思っている仮説が生命火星起源説です。

地球は今のサイズになるまでに、8〜10回程度、火星程度のサイズの惑星同士がぶつかっています。
最後の大きな衝突はおそらく月の元になる惑星でした。このときは飛び千切れた流体溶岩の一部が月になりました。

一方、火星は一度も大きな衝突を経験していません。
そのため地球より
早く冷えて固まり、(CO2やCH4が多い大気による温室効果も相まって)温暖な環境が5億年程度続いたそうです。
しかも太陽からの距離は地球の1.6倍遠
いため地球の4割程度の日射量しかありません。
太陽ができた頃は光量が現在より30%近く少なかったようです。
極寒の世界かと思うかも知れませんが、地球でも昔南極大陸に森林があったように、CO2やCH4が多い大気があれば温暖な気候を保つことができます。
地球はHabitable zone の内縁ギリギリに近く、逆に火星はHabitable zone の外縁に近いようです。

しかし不運にも質量が軽いため、核が早く冷え過ぎてしまい、磁気が失われました。
磁気を失うと大気や水も揮発して失われます。
当時の火星には普通に海岸線や湖岸があったとしても、RNA合成のための5億年の春というのは、私には短いように感じますが、火星には地球に飛来可能な距離で唯一の還元環境があったというのが事実です。

ここまでは私も2010年代に知り得ていました。

しかし殺人的な太陽からの放射線をかい潜って地球に飛来する方法が私には更に奇跡だと感じていました。
この"宇宙船"が存在する確率を定量的に評価した研究を紹介している記事を見つけたので、以下に紹介します。

この放射線はかなり他の惑星への移住を困難にしていて(私見では”不可能”だと断言したいです。)ボイジャー等の宇宙船は放射線による誤動作対策が必要だし、宇宙ステーションに滞在すると、金属製の外壁があるにも関わらず、網膜に放射線が飛来して目を閉じていても”光”を感じると言います。

DNAを破壊されずに、数光年の旅をすることは不可能です。


<地球の大陸史>

最大で地球誕生から海水の75%程度を失ったと評価されているそうですが、(私見ですが)その多くは27億年前に磁気が誕生するまでに失われたのでは無いかと思います。

地球飛来後のストーリーとしては、海全体にウイルスが分布すると共に、代謝のメカニズムを取り入れた最初の細菌が海底火山の噴火口で生まれたことは私も異論がありません。

30億年前にシアノバクテリアの祖先が生まれ、25億年前にシアノバクテリアに進化するとCO2が取り除かれ、急速に寒冷化してスノーボールアースとなりました。(7億年前にももう一度スノーボールアースが起きています。

40億年前には海水面しか無かった地球ですが、(火山島のような小さなものや日本のような地球の皺ではないサイズの)まとまった巨大な大陸が出現はいつのことでしょうか?
海水がどんどん減っていった27億年前までに起きたのかははっきりしないようです。
36億年前に誕生したバールバラ超大陸から、19億年前に存在したヌーナ超大陸まで諸説あるようですが、少なくとも生命誕生した40億年前より後の時代のようです。

因みに10億年前から7億5000万年前に存在したロディニア超大陸や、3億年前から2億年前まで存在したパンゲア超大陸は、大き過ぎて内陸部は砂漠ばかりの上に、陸続きだったので生物の多様性は低かったようです。


<未来の予測>

CO2が多すぎると皆騒いています。
確かにその通りですが、これは私が幼少期の頃から言われていたことで、何を今更と思う中高年の人もいるでしょう。
しかし実は本当に危機的なことはCO2が足りなくなることなのです。

恐竜以前の時代、PT境界以前の頃はO2濃度が35%(現代は21%)もあったから昆虫が巨大化できたのです。
しかしその巨体の材料はどこにあったのでしょうか?
実はこの時代はCO2濃度も高かったことが分かっています。
内陸部を除いて地球全体に豊かな森(というかジャングル)がありました。
温室効果によって南極にも森林が広がり、動植物がいたようです。

現在は昆虫は骨格を持ちません。植物も今では腐敗菌の進化によって石炭になることなく分解されます。
しかしCO2を大気から取り除き続けているのは脊椎動物(の骨)であり、最も問題が大きいのは現在保護が叫ばれている珊瑚なのです。CaCO3の形になると取り出すことは容易ではありません。
このまま行くと5億年後には炭素は尽きて、最も低いCO2濃度に耐えられるイネ科植物でも5ppm以下になると育たなくなります。

他にも5億年も経つと毎年4cmずつ遠ざかっている月が地球の重力圏から外れてしまいます。
そうすると木星や他の惑星の接近によって自転軸がずれてしまいます。

もう一点、地球は火星より大きかったためにマントルの対流によって磁気が存在し、そのお陰で大気が維持できています。しかし地球はゆっくりと冷えています。対流を失うまでの時間は諸説ありますが、早ければ10億年程度のようです。

太陽が赤色矮星になって地球が飲み込まれる前に逃れることができない危機がやってきます。

ホモ・サピエンスがどこまで生き残ることができるでしょうか?
スノーボールアース後の5億年前に突然始まったカンブリア期のパーティーは、今がクライマックスであり、パーティー終了までの残り時間の方が短くなったようです。それは隕石ではなく、おそらくCO2(が多いのか少ないのかのどちらか)によってもたらされそうです。

医学とは直接関係ありませんが、若い人が興味を持ってくれたらと書きました。

(2023/1/2 管理者記載)

モンモリロナイト

https://president.jp/articles/-/58914



生命はどのようにして生まれたのか。カルフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンク教授は「太古の生命は地球で生まれたのではなく火星からやってきた」という。NHKの科学番組「コズミックフロント」制作班とライターの緑慎也さんによる『太陽系の謎を解く 惑星たちの新しい履歴書』(新潮選書)より紹介する――。(第2回)



■40億年前の地球には海しかなかった


 40億年前の地球はどんな環境だったのか? 


 カリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンクさんが注目するのは、グリーンランド、イスア地方で見つかった38億年前の「黒色頁岩(けつがん)」と呼ばれる岩石だ。


 「黒色頁岩を見ると、きれいな薄い層が見えます。このことは水面の荒々しい波を避けられたこと、すなわち海のかなり深い場所で、岩石が形成されたことを示しています。実は、われわれが目にする40億年前の、ほとんどすべての岩は、地球が海だけの世界だったことを示しています」


 40億年前の地球は、現在の姿とはかけ離れ、陸がほとんどなく、海ばかりの惑星だったというのだ。地球に、巨大な「大陸」ができたのは、火山活動が活発化した、27億年前か、それ以降のことだと多くの科学者は考えている。


 「生命が誕生するには、有機物で大きな分子を作る必要があります。40億年前の地球には陸がなく、すべて海に覆われていたのですから、大きな分子を作るのは容易ではありません。水が多すぎると反応が進みません。一方、火星には海だけでなく陸も存在しました。40億年前の2つの惑星を比べると、火星の方が生命誕生に相応しかったと思います」(カーシュビンクさん)



■アメリカのデスバレーにある生命誕生のプロセス


 カーシュビンクさんによると、40億年前の火星の環境を知るためにうってつけの場所がカリフォルニア州デスバレーにあるという。


 デスバレーの年間の降水量はわずか50ミリメートル。乾燥した大地が延々と広がる地域だ。その中心地バッドウォーターをカーシュビンクさんが案内してくれた。


 辺り一面まっ白で、不思議な光景が広がる場所で、カーシュビンクさんは厚さ2センチメートルほどの何かの結晶をひとつまみ手に取って舐め、「しょっぱい」とつぶやいた。天然の塩だ。


 「これらは、かつてあった大きな湖が蒸発し、後に残った塩の堆積物です。デスバレーは、北米大陸で最も標高が低い場所で、大量の水が流れ込んでいました。その後、水は蒸発し、中の成分が濃縮。このような結晶になったのです。ここでは、かつての湖の痕跡を見ることができます」(同)


 そして、カーシュビンクさんは数百メートル先に見える崖を指さした。崖には黒っぽい線がうっすら付いている。


 「あれはかつての水面です。波が打ち寄せ、岩を削ったんです。美しく刻まれていますね」(同)


 ここはかつて湖だったのだ。しかし乾燥に伴い、水中の成分が濃縮したわけだ。このような乾燥した陸こそが、生命誕生に理想的だと、カーシュビンクさんは考えている。その理由は、生命誕生に至るまでのプロセスの中にある。




■水の流入と乾燥が有機物にとって必要なワケ


 すべての生命は、2本の鎖からなる「DNA」(デオキシリボ核酸)を持っている。DNAはもともと1本の鎖である「RNA」(リボ核酸)から生まれたと考えられている。


 そのRNAは「ヌクレオチド」という有機物が長くつながり鎖となったものだ。さらにヌクレオチドは「塩基」「糖」「リン酸」という部品がつながったものだ。


 塩基、糖、リン酸からDNAに至るプロセスには、いくつか関門がある。


 最初の関門は、ヌクレオチドの合成だ。これらの部品をつなげるためには、水分子を抜いておく必要がある。水が多すぎると起こりにくい反応なのだ。


 しかし、この問題を解決する環境がデスバレーにある。


 カーシュビンクさんによれば、あちこちに転がる小さな岩がそのことを示している。岩は一見何の変哲もないが、よく見ると、大きな岩がひび割れてできたものであることがわかる。


 「雨が降ると塩が水に解け、それが岩の隙間に入りこみます。やがて乾燥して水が蒸発すると、岩の中で塩が結晶になります。この結晶ができるとき、膨張する力で岩が割れるのです」(同)


 ひび割れた岩の存在は、デスバレーで水の流入と乾燥が何度もくり返されていたことを物語っているのだ。


 「生命が生まれるには、単純な有機物から複雑なDNAなどが形成されなくてはなりません。これに最も適した環境の一つが乾燥した場所です。生命は水分子を抜いて有機物をつなげることで生まれることから、乾燥した環境が必要なのです」(同)


 ヌクレオチドの合成には、陸で、かつ、水の流入と乾燥をくり返す環境こそ理想的だというのだ。そして最新の探査から、同じような環境が太古の火星に存在したことがわかってきた。


 その証拠となる岩が、探査車オポチュニティが着陸したメリディアニ平原で見つかった。その岩には、デスバレーで見た割れた岩と同じ仕組みで生まれたと考えられる細長いひび割れがいくつもあったのだ。


 さらにジャロサイトという鉱物も見つかった。地球では、水が干上がった場所で見られる鉱物だ。こうした証拠から、太古の火星では、デスバレーと同じように、水の流入と乾燥がくり返されていたと、カーシュビンクさんは考えている。


 40億年前の、水だらけの地球にはなかった環境が、火星にはあったというのだ。



■生命誕生のカギを握る物質が火星で見つかった


 海と陸のある火星は、DNAの最初のステップであるヌクレオチドの合成に理想的な環境を備えていたと言える。それでは次のステップ、RNAの合成はどうだろうか。


 水の中にヌクレオチドが存在しても、そのままでは結合は進まない。時間が経つと分解してしまうからだ。この問題を解決する鍵を見つけた科学者がいる。30年にわたり、生命誕生のプロセスを実験から探り続けてきた、米レンセラー工科大学教授のジェームス・フェリスさんだ(2016年死去)。


 「私たちは、粘土鉱物の研究をしています。モンモリロナイトと呼ばれる種類の粘土です。これが重要なのは、化学反応を促す力があるからです。RNAの合成を行うときにモンモリロナイトを使うと、反応が一気に進みます」


 実際、フェリスさんらがモンモリロナイトを使って実験をしてくれた。


 試験管に、モンモリロナイトと活性化させたヌクレオチドの溶液をほんの少し加えてかき混ぜた。3日経ってから測定器にかけたところ、ヌクレオチドは最長で15個つながっていた。わずか3日で15個である。


 実はモンモリロナイトは、ミクロで見ると、電気を帯びた層になっている。電気の力によって、ヌクレオチドが層の間に引き込まれていくのだ。それぞれの分子は、特定の方向にきれいに粘土の上に並ぶ。その結果、結合が効率よく進むのだ。


 「この発見は非常に重要です。モンモリロナイトがあれば、長い分子の列を作ることができます。過去には50個もつなげたことがあります。すなわちモンモリロナイトさえあれば、生命が生まれた可能性は高いのです」(フェリスさん)


 生命誕生の鍵を握るかもしれないモンモリロナイト。この不思議な粘土は火星でも発見されている。2009年、探査機MROが、メリディアニ平原の一部に、モンモリロナイトと考えられる粘土を見つけたのだ。火星には水の流入と乾燥をくり返す環境、そしてモンモリロナイトが存在する。




■「私たちの母なる星は火星」


 40億年前の火星は、海しかなかった地球より、生命誕生にずっと有利だったとカーシュビンクさんは指摘する。


 「生命はどこで誕生したのか?  私は40億年前の水だらけの地球ではないと思います。一方、その頃の火星には海が存在し、また乾いた陸もありました。クレーターの窪みが湖となり、そこで水の流入と蒸発がくり返されていたでしょう。太古の火星の環境は、生命の誕生に繋がる可能性があります。私たちの母なる惑星は火星です。われわれは、火星人だと思います」



■火星隕石という宇宙船にのって


 40億年前、海と陸がある火星で微生物が誕生したとしても、それがどうやって宇宙を旅行し、地球までやってきたのだろうか? 


 カーシュビンクさんは、火星から地球への移動に、うってつけの「宇宙船」があるという。それは隕石である。


 隕石という小さな宇宙船に乗って、バクテリアが地球に来たというのだ。実際、内部のガスが火星大気の成分とピタリと一致することから火星から飛んで来たと考えられている隕石もある。どうやって火星から地球まで隕石が飛んでくるのか。


 カーシュビンクさんが考えるシナリオはこうだ。40億年前、火星で生まれた微生物は岩石の中にも住んでいた。そこにある日、小天体が落ちる。無数の破片が宇宙空間に飛び出す。長い宇宙旅行の末に、そのうちのいくつかが地球に到達する。生き残った微生物が私たちの祖先になった――。



■長い宇宙旅行に微生物は耐えられるのか


 しかし、このシナリオが成立するには3つのハードルがある。


 1つめは、隕石が地球までたどり着くのにかかる「移動時間」の問題。


 2つめは、宇宙空間を飛び交う「放射線」の問題。


 そして3つめは、地球の大気圏突入時の「熱」の問題だ。


 まず「移動時間」について考えてみよう。微生物といえども、時間が長すぎると途中で死んでしまう。この移動時間を計算したのが、ブリティッシュコロンビア大学教授のブレット・グラッドマンさんだ。


 「そもそも石が火星から地球にやってくること自体、驚かれるかもしれません。広い宇宙では、地球はほんの小さな存在に過ぎませんからね」


 グラッドマンさんは、コンピューターを使ってどれくらいの時間、宇宙を旅して、地球にたどり着くのかを計算した。火星に小天体が衝突すると、さまざまな方向に破片が飛び出すが、飛び出た方向と、地球との位置関係によって、地球までの移動時間は変わる。


 計算の結果、破片が秒速3.3キロメートルで宇宙に飛び出した場合、約1%が100万年以内に、0.1%は10万年以内に地球にたどり着くことが分かった。0.00001%は10年以内に届く計算だ。


 「1回の大きな衝突で、ときに何億もの破片が放出されるので、たとえ10年という条件でも、十数個は地球までやってきます。この短い移動時間には驚かれるかもしれませんが、放出される破片の数が膨大なので、当然の結果です」(グラッドマンさん)


 隕石が地球までたどり着くのにかかる移動時間は、問題ではなさそうだ。




■放射線の影響を受けない生物は存在する


 それでは2つめ、宇宙空間を飛び交う放射線はどうだろうか? 


 岩石の中にいる微生物にとっても、宇宙放射線はエネルギーが高く岩石の内部にまで侵入するため、大きな脅威だ。果たして放射線を浴びても微生物は生きのびることができるだろうか。


 日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所の鳴海一成さんが、デイノコッカス・ラジオデュランスという細菌を使った実験で、この疑問を検証した。


 デイノコッカス・ラジオデュランスは、放射線に対して強い抵抗力を持つ放射線耐性菌として知られている。鳴海さんが、シャーレにデイノコッカスと大腸菌をそれぞれ1000万個入れて、重粒子線と呼ばれる高エネルギーの放射線を浴びせた。


 すると、大腸菌は死滅したが、デイノコッカスは生き残って増殖した。この実験から、デイノコッカスは10年間宇宙放射線を浴びても生きのびると考えられるという。


 なぜデイノコッカスは生きのびることができるのか。それはこの細菌がDNAの修復を早めるタンパク質を持っているからだ。そのため、放射線を浴びてDNAの二重らせんが完全に切断されても、修復され、生きのびられるのだ。


 「もしデイノコッカスのような放射線に強い微生物が火星に誕生していたとしたら、過酷な宇宙環境を生きのびて、地球までたどり着いたものがいたとしても、不思議はありません」(鳴海さん)


 宇宙を飛び交う、放射線の問題も乗り越えることができそうだ。




■火星から飛んできた隕石に残っていた証拠


 しかし最後に一つ、大きなハードルが残されている。岩石が地球大気圏に突入するときにさらされる「熱」の問題だ。


 大気圏から落ちてくるときの隕石の表面温度は、数千℃に達すると言われる。果たして微生物はこの極限状況を乗り切れるのだろうか? 


 カーシュビンクさんはこの問題を、実際に火星から来た隕石を使って検証することにした。そのために使ったのが、南極で発見された、ALH84001と呼ばれる隕石だ。


 40億年前に火星のマグマだまりで結晶化し、地球に飛んできたと考えられている。この隕石は、大気圏突入でどれくらい熱せられたのか。その手がかりとなるのが、隕石に残る「磁場」記録だ。


 カーシュビンクさんは、岩石の微小な磁場まで測定できる「磁気顕微鏡」を使って隕石の磁場から、隕石が高い温度で熱せられたかどうかを調べた。


 磁場から過去の熱の履歴が分かるのは、次のような仕組みだ。岩石が冷えて固まるとき、その場所の磁場の方向が記録される。その後、地殻の変動などで形が歪んでも、記録は残ったままだ。


 しかし磁場の記録は、高い温度で熱せられるとリセットされる。これを手がかりに、隕石の熱の履歴が分かるのだ。


 カーシュビンクさんが大きな火星隕石の一部を調べたところ、隕石の表面に近い部分は磁場の方向が揃っておらず、バラバラだった。磁場がリセットされ、高い熱を経験した部分なのだ。


 一方、隕石の内側は、磁場の方向が均一のままだった。これは磁場がリセットされていないことを示している。


 「隕石が地球の大気圏を通過したとき、強烈に熱せられて、外側の約3ミリメートルの磁場を消し去りました。つまり熱はそこまでしか届かなかったのです。3ミリメートルより内側は、高い温度までは熱せられていなかったのです」(カーシュビンクさん)


 さらに磁場のリセットが起こる温度を調べたところ、40℃だった。つまり、元の磁場が残っている隕石の内側は、40℃以下に保たれたことが明らかになったのだ。


 「40℃以内なら、細菌はもちろん動物の卵でも生き残ることができます。われわれの祖先はこのような宇宙船で、地球に来たのでしょう」(同)




■微生物は宇宙を旅することが可能だった


 微生物は、大気圏突入時の熱もくぐり抜けることができそうだ。火星で生まれた生命が、隕石に乗って地球までやってきて、私たちの祖先となった。カーシュビンクさんの説はますます現実味を帯びてきた。


 「私は『カーシュビンクする』という新しい言葉を耳にしたことがあるんです。その意味は、物事をまったく違う目で見て、すべてを考え合わせ、妥当なシナリオを作りあげる、ということなんでしょう。私の知るかぎり、私が発表した意見で、間違いが証明されたものは一つもありません」(同)


 現在の火星には極寒の砂漠が広がる。しかし40億年前の火星は、海と陸が存在し、地球よりもはるかに生命の誕生に適した惑星だったことが分かった。


 すべての生命のふるさとは、本当に火星だったのか?  私たちのルーツを探る科学者たちの挑戦は、これからも続く。




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NHK「コズミックフロント」制作班

2011年4月に始まったNHKの科学番組。毎回、天文学、宇宙物理、歴史など、さまざまな視点で「宇宙の謎」に迫ってゆく。開始から11年、制作本数は300本を超える。毎週木曜夜10時のNHK-BSプレミアムの他、世界中で放送されている。

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2022年記事転載


地球の「生命」は宇宙から来た? 日本の研究グループが新発見


https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20220428-00293403


 我々ヒトを含む地球上の生命は、いったいどうやって誕生したのか。これまで謎だった疑問に答えが出るかもしれない。そんな研究発表が日本の研究グループから出された。



共通祖先LUCA


 ウイルス、大腸菌、線虫、魚類、昆虫、鳥類、サル、そしてヒト、すべてに共通するご先祖さまのことを通称ルカ(LUCA、Last Universal Common Ancestor)という。地球誕生は45億4000万年前(±5000万年)とされ、生命誕生はそれから数億年経ってからと考えられている。


 まず、生命とは何かだが、一般的な定義としては生物とは、細胞膜などで外界と自分が分けられ、自分のコピーを作ることができ、外から取り込んだ物質を利用し、生命を維持できる(代謝できる)存在ということになっている。最新の研究によれば、LUCAは39億年以上前に確認されているが(※1)、この地球という惑星にどうやって生命が誕生したのかという疑問は依然として残っている。


 生命誕生のメカニズムに関する仮説はいくつかあるが、大きく二つの意見に分かれる。仮説の一つ目は、地球起源説。地球の物質から生まれたという説だ。


 太古の地球に海ができ、二酸化炭素や一酸化炭素、窒素、水(メタンやアンモニアがあったという説もある)があったと考えられている。これらの物質が混ざり合った「生命のスープ」に、紫外線などの宇宙線が浴びせられ、何らかの作用で偶然に生物が誕生したという説だ。


 仮説のもう一つは、地球外起源説だ。これは「パンスペルミア説」ともいい、汎用の意味の「パン」と精子とか種、種撒きという意味の「スペルミア」の合体語となっている。地球の外からやって来た物質が、太古の地球に何らかの作用をし、そこから生命が生まれたという説だ。



生命の重要な「部品」を発見


 この両方の仮説に関する新発見が、日本の研究グループから発表された。北海道大学低温科学研究所の大場康弘准教授、海洋研究開発機構の高野淑識上席研究員、九州大学大学院理学研究院の奈良岡浩教授、東北大学大学院理学研究科の古川善博准教授らの研究グループで、太陽系の最古の隕石から生物のDNAやRNAに含まれる核酸塩基5種類(ウラシル、シトシン、チミン、アデニン、グアニン)をすべて検出したのだという(※2)。


 これまで地球外からの隕石を調べても生命の遺伝情報をになうDNAやRNAを構成する「部品」を検出した例は少ないという。例えば、新型コロナウイルスもそうだが、RNAだけでは代謝もしなければ自分のコピーも作ることはできない。RNAが酵素的な役割を持ったリボザイム(ribozyme)や核酸のように振る舞うタンパク質があったとしても自分のコピーを作ることはできないだろう(※3)。


 今回、同研究グループは、地球外からの隕石に欠けていた「部品」を新たに発見したことになる。分析に使用したのは、1969年にオーストラリアに落下したマーチソン隕石、2000年にカナダに落下したタギッシュレイク隕石、1950年に米国ケンタッキー州に落下したマレー隕石の3つ。この中でもマーチソン隕石は、これまで最も研究されてきた隕石で、太陽系ができる前、約46億年前という地球上で見つかった中で最も古い物質を含んでいるとされている(※4)。


 生命の起源と生命の「部品」探しに関しては、これまで世界中の研究者が調べてきた。同研究グループはどうやって新たな物質を見つけることができたのだろうか。論文の筆頭筆者である北海道大学の大場康弘氏にメールでコメントをいただいた。


──今回、使用したマーチソン隕石は、これまで世界中の研究者が分析してきたと思いますが、先生方はなぜ新たにピリミジン塩基を発見できたのでしょうか? 特にキーとなる技術はあったのでしょうか。

大場「これまでの隕石中核酸塩基を対象とした研究では、ギ酸という酸性の溶媒で煮だして核酸塩基を抽出していました。しかし、そうした抽出条件下では、熱水や酸に弱いシトシンは分解してしまっていた可能性があり、たとえ隕石中に存在していたとしても検出されなかった可能性があります。一方、本研究では、そうした(比較的)強い酸性条件や高温条件を一切使わなかったので、存在していたそれらの核酸塩基が無傷で抽出できたと考えています」


──マイルドな方法で隕石を扱ったというわけですね。

大場「はい。さらに、液体クロマトグラフ(LC)という超高分解能質量分析計で隕石からの抽出物を分析する際、そこにターゲットの核酸塩基以外の化学種が豊富に含まれていると、ターゲット分子の検出効率が低下してしまいます。本研究では、核酸塩基以外の夾雑物(共存化学種:無機鉱物イオンや種々の有機物)を陽イオン交換クロマトグラフィーによりできる限り除去し、核酸塩基の検出効率を上げました。また、LC分析条件を核酸塩基検出に最適化することで、共存する種々の構造異性体(元素組成は同じだが構造が異なる化合物)と核酸塩基を区別して検出することが可能になりました。それらの工夫が検出の大きなカギとなったと考えています。それ以外にも、我々が使っているコンピュータの性能向上のように、分析装置自体の検出感度も上昇しており、今回の核酸塩基検出につながったといえます」



LUCAに地球外の有機物が関与か


──このような化合物が宇宙空間にかなりの量、あると推計される場合、他の太陽系の惑星生成の過程で取り込まれたと考えれば、他の惑星にも生命誕生の可能性がありますか?

大場「今回、隕石から様々な核酸塩基が検出されたということは、宇宙の中でそうした有機化合物は普遍的に存在していると考えることができるかと思います。ただ、核酸塩基など、生体関連分子の存在だけが生命の存在をほのめかすものではないと思います。それ以外にも、地球上の生命と同様と考えたとき、水や酸素の存在、適度な温度も不可欠でしょう」


──地球上のタンパク質はほぼ左手型のL-アミノ酸ですが、今回のピリミジン塩基は、L-アミノ酸とDアミノ酸の不均等さに何か関係があるでしょうか。

大場「ピリミジン塩基とアミノ酸などの立体構造異性体は特に関係がないと思います。ちなみに、今回使った隕石から検出されたアミノ酸のD/L比はきれいに1でした」


──自己複製できる生命の部品として、隕石からピリミジン塩基が発見され、ここから生命が誕生するまでの間には、どんな材料や機能が必要とお考えでしょうか。

大場「これは非常に難しいご質問で、これを明らかにするために世界中の研究者が努力しているのかと思います。遺伝情報をになう核酸だけでいえば、核酸塩基のほかに糖とリン酸が必要ですが、それら材料が集まったとしても必ずしも核酸が生成されるわけでもないようです。逆に、核酸塩基を使わない核酸合成法も提案されています。どのような材料や機能が必要なのか、私の理解は遠く及びませんが、少なくとも炭素質隕石中には、核酸塩基、アミノ酸、糖、カルボン酸、ビタミンB3(ナイアシン:本研究でも検出)など、複数種の生態関連分子が含まれています」


──今回のご発見は、大きな意味でLUCAが宇宙由来の地球起源ということになりますか。それとも地球外起源説ということですか。

大場「必ずしもLUCAが宇宙由来ということにはならないと思います。隕石など地球外物質によって供給された有機物がそれらの材料になった可能性がありますが、それは地球上で生成した有機物の寄与を排除するものではありません。地球外物質の寄与の弱点は、その絶対量だと思います。もし、地球上で有力な核酸塩基などの生成パスがあれば、地球外物質中有機物のLUCAへの寄与は大きくないでしょう。しかし、原始地球上ではそうそう有機物合成経路が確立していない可能性がありますので、少なくとも私は地球外有機物がLUCAやその前駆体など生成に対して、何らかの寄与があると信じています」


 我々のご先祖さま、LUCAがどうやって誕生したのか。まだまだ謎は尽きない。今後、こうした研究がさらに進化し、謎の解明につながっていくだろう。



<References>

※1-1:Takayuki Tashiro, et al., "Early trace of life from 3.95 Ga sedimentary rocks in Labrador, Canada" Nature Vol.549, 516-518, 28, September, 2017

※1-2:Holly C. Betts, et al., "Integrated genomic and fossil evidence illuminates life's early evolution and eukaryote origin" nature ecology & evolution, 2, 1556-1562, 20, August, 2018

※2:Yasuhiro Oba, et al., "Identifying the wide diversity of extraterrestrial purine and pyrimidine nucleobases in carbonaceous meteorites" nature communications, 13, 2008, 26, April, 2022

※3-1:K Kruger, et al., "Self-splicing RNA: autoexcision and autocyclization of the ribosomal RNA intervening sequence of Tetrahymena" Cell, Vol.31, Issue1,147-157, 1982

※3-2:R Green, et al., "Selection of a ribozyme that functions as a superior template in a self-copying reaction", Science, Vol.258, No.5090, 1910-1915, 1992

※3-3:Bastien Boussau, et al., "Parallel adaptations to high temperatures in the Archaean eon" Nature, Vol.456, 942-945, 2008

※3-4:Tracey A. Lincoln, Gerald F. Joyce "Self-Sustained Replication of an RNA Enzyme" Science, Vol. 323, No.5918, 1229-1232, 2009

※3-5:Matthew W. Powner, et al., "Synthesis of activated pyrimidine ribonucleotides in prebiotically plausible conditions" nature, Vol.459, 239-242, 2009

※3-6:Tatsuo Yanagisawa, et al., "A paralog of lysyl-tRNA synthetase aminoacylates a conserved lysine residue in translation elongation factor P" nature structural & molecular biology, 2010

※4:Phillipp R. Heck, et al., "Lifetimes of interstellar dust from cosmic ray exposure ages of presolar silicon carbide" PNAS, Vol.117, Issue4, 1884-1889, 28, January, 2020



2022/4/28(木) 9:31  石田雅彦氏 記事