<百日咳>

百日咳(pertussis, whooping cough )は、特有のけいれん性の咳発作(痙咳発作)を特徴とする急性気道感染症です。

百日咳菌の感染により起きますが、一部ではパラ百日咳菌も原因となります。

感染経路は上気道からの飛沫感染および接触感染です。

母親からの免疫(経胎盤移行抗体)が期待できないため、乳児期早期から罹患します。

重症化しやすく死亡者の大半を占めるのは1歳未満の乳児、特に月齢6未満の乳児です。

いずれの年齢でもかかりますが、小児が中心となります。

一年を通じて発生が見られますが,春(~夏)の発生が比較的多い。

流行の周期は2~5年とされています。

百日咳には複数回罹患することが知られており、有効な抗体価が一生続くことはないようです。

流行の周期からすると抗体は数年間しか持たないと考えた方が良さそうです。

患者の家族に百日咳に免疫がない人がいた場合、70~90%の確率で感染しますが、

DPTワクチンを2回以上接種した人の発症は数%に過ぎません。

潜伏期は7~10日です。

周囲の人に感染しうる時期は、感染して7~10日経ったカタル期初期から痙咳期(咳発作期)に入って3週間後までです。

その間のカタル期に咳によって生じた飛沫を吸い込んで,患者の周囲の人が感染することが多い。

しかしカタル期に百日咳と診断することは難しいので、周囲の人たちへの感染の広がりを防ぐことは困難です。

百日咳の無症候性キャリアは殆ど存在しません。成人でも咳嗽を伴い感染源となります。

百日咳は各年齢の人が罹患しますが、小児では2~6歳児が罹患することが多く、2~5年という流行の周期と一致します。

十分な抗PT抗体IgG(PT-IgG抗体)と抗FHA抗体IgG(FHA-IgG抗体)があれば感染は防げるのですが、

抗PT抗体IgG(PT-IgG抗体)と抗FHA抗体IgG(FHA-IgG抗体)が2~5年で感染防御に不十分な程度まで減弱し、

人生を通じて繰り返し感染することで、どの年齢層でも比較的抗体価が保たれているという結果です。

(特に小児期と50歳代以上で比較的抗体価が高いという調査結果があります。)

通常発熱しませんが、あっても微熱程度です。


<百日咳ワクチンの有効性>

百日咳ワクチンを含むDPT 三種混合ワクチン接種(ジフテリア・百日咳・破傷風)は日本を含めて世界各国で実施されており、

その普及とともに各国で百日咳の乳児患者数は激減しています。

日本における百日咳患者の届出数は1950年のワクチン開始前には毎年10万例以上あり、その約10%が死亡していました。

DPTワクチンにより年間罹患数(疑い例を含む)の推計値は2000年は2.8万人、2001年は1.5万人です。

無菌体百日咳ワクチンの有効率は通常85%以上です。途上国のワクチン管理状態でも有効率は70%程度はあります。

アメリカではワクチン開始以前は毎年20万人もの発症者が出ていましたが、ワクチンにより98%以上減って現在は年間数千人です。

現代の途上国を含む世界全体での死亡率は1.6%と推定されています。


<百日咳の臨床症状>

臨床経過は3期に分けられます。

1)カタル期(約2週間持続):通常5~14日(最長21日)程度の潜伏期を経て、普通のかぜ症状で始まり、

次第に咳の回数が増えて程度も激しくなります。

2)痙咳期(1~6週間。(平均2~3週間持続。最長10週間)):

次第に特徴ある発作性けいれん性の咳(痙咳)となります。

これは濃い粘液を気管支から追い出すために、短い咳が連続的に起こり(スタッカート)、

咳の終わりには、粘りっこい痰が出て来ます。(小児では痰を飲み込んでしまう場合が多い。)

続いて息を吸う時に笛の音のようなヒューという音(笛声:whoop)が出ます。

(但し6か月未満の乳児については、息を吸い込む力が弱いため咳の発作はあっても咳の終わりの吸気に高音を伴いません。)

この様な咳嗽発作が繰り返すことをレプリーゼと呼び、1回の咳発作は数分~30分も続くことがあります。

しばしば嘔吐を伴い、このため脱水や栄養不良となることがあります。

咳発作は夜間に多く、そのため不眠となります。24時間で平均15回の咳発作が起こります。

一回の咳発作は400m徒競走の消費エネルギーに相当すると言われ、患者の疲労は激しい。

発熱は通常ないが、あっても微熱程度です。

息を詰めて咳をするため顔面の静脈圧が上昇し、顔面浮腫、点状出血、眼球結膜出血、鼻出血などが見られることもあります。

非発作時は無症状ですが、何らかの刺激が加わると発作が誘発されます。

幼いほど症状は非定型的であり、乳児期早期では特徴的な咳がなく、単に息を止める無呼吸発作から

チアノーゼ、けいれん、呼吸停止と進展することがあります。

合併症としては肺炎の他、発症機序は不明であるが脳症も重要な問題で、特に乳児で注意が必要です。

思春期以降及び成人では、百日咳は通常小児より軽症となります。

そのような場合、7日以上続く咳が主症状で、息を吸い込むときの高音は通常は伴いません。

このため、百日咳と他の上気道炎とを区別することは困難です。

7日以上咳が続く成人の25%以上から百日咳菌が分離されたという研究が幾つかあります。

世界的に「抗生剤の適正使用」が言われる中で、マクロライド系抗生剤は唯一頻用せざるを得ない抗生剤と言えます。

百日咳は気道上皮に留まり、血中に侵入することがありません。

新生児は母親からの移行抗体を有しています。

抗PT抗体IgG(PT-IgG抗体)を20%の新生児が、抗FHA抗体IgG(FHA-IgG抗体)を70%の新生児が有しています。

これらの移行抗体は生後1~2カ月で消失するため、月齢3未満の乳児が百日咳に罹患することもあります。

月齢6未満(特に月齢3未満)の乳幼児が百日咳に罹患すると、肺炎や脳症などを合併し死亡することがあります。

長引く咳しか症状のない成人が百日咳菌を排菌していることは珍しくないため、

発熱や倦怠感がなくても咳をしている成人は赤ちゃんに面会しないことが大切です。

3)回復期(2, 3週~):激しい咳発作は次第に減弱し、2~3週間で認められなくなりますが、

その後も時折忘れた頃に発作性の咳が出ます。

冷たい空気や運動により咳が誘発され易く、咳嗽が完全に消えるまでに約2~3カ月かかります。

2歳未満の小児が百日咳に罹患すると、合併症(肺炎など)がなかった場合でも、

肺機能の低下が1年以上持続することがあります。

無治療の成人の百日咳では咳が長期にわたって持続しますが、典型的な発作性の咳嗽を示すことは少なく自然に回復します。

軽症で見逃されやすいが菌の排出があるためワクチン未接種の新生児・乳児に対する感染源として注意が必要です。


<合併症>

百日咳の合併症については、アメリカの1990~1996年の35508人の百日咳の患者の報告のうち、

9.5%で肺炎、1.4%で痙攣、0.2%で脳症、0.2%で死亡(死者のうち84%が6か月未満の乳児)、が見られ、

32%が入院治療を受けていました。

ワクチンも抗生剤もない時代の死亡率は4~10%です。

ワクチンや抗生剤が存在し、世界の80%の人が百日咳ワクチンを受けている現代でも途上国における死亡率は1.6%です。


<検査所見>

小児患者、特にDPT未接種例において血液検査でカタル期の終わり頃に白血球数が増加します。

白血球数はリンパ球が優位(白血球の75%以上がリンパ球となる。)に、20000~45000にまで増加し白血病を疑われることもあります。

しかし白血球数増加は三種混合ワクチン接種例、年長児、成人では認められません。

赤沈やCRPは正常範囲か軽度上昇程度です。


<治療・予防>

百日咳菌に対する治療として、エリスロマイシン、クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗菌薬が用いられます。

これらは特にカタル期では有効です。

通常、患者からの菌の排出は咳発作の開始から約3週間持続しますが、

マクロライド剤による適切な治療により、服用開始から5日後には菌の分離はほぼ陰性化します。

しかし再排菌などを考慮すると、抗生剤の投与期間として2週間以上が推奨されます。

家族や濃厚接触者には年齢や予防接種歴に関わらず、マクロライド系抗生剤を10~14日間予防投与することは有効です。

痙咳に対しては鎮咳去痰剤が使われますが多くは無効です。

ステロイド筋注や気管支拡張剤(β2)などが有効という文献もありますが著効しません。

重症例ではガンマグロブリン大量投与も行われ、抗PT抗体を多く含む場合著効します。

全身的な水分補給が必要なこともあり、入院の上点滴加療を行うことがあります。

低温は咳を誘発するので、室温は20℃以上とします。

加湿器・スチーム等で室内の湿度を上げ、水分を十分摂取し粘りっこい痰を出しやすくします。

食事は消化が良く刺激の少ないものとします。

乾燥した食物あるいは粉末状の食物も咳を誘発する可能性があるので控えた方が良いでしょう。

タバコ、煙、ホコリ等は避けます。


<百日咳ワクチン(DaPT)の接種方法>

第1期初回:日本では月齢3から4~6週間間隔で2~3回、(WHOでは生後6週頃からの接種開始を勧めています。)

第1期追加:初回の最後の接種から12~18カ月後に1回追加接種を行います。

第2期 :11~12 歳に百日咳を除いたDT 二種混合ワクチンを接種します。