腸内細菌でガンを制御

現在、がん治療において脚光を浴びている免疫チェックポイント阻害薬。劇的とも言える治療効果が報告されている一方で、効果が認められる患者の割合は例えば進行悪性黒色腫の患者では30%ほどといわれる。そうした中で、免疫チェックポイント阻害薬の効果の違いに影響しているのではないかと注目されているのが、患者の「腸内細菌」だ。腸内細菌と免疫細胞との関わりに着目し、研究に取り組む慶應義塾大学微生物学免疫学教室教授の本田賢也氏は、腸管に定着すると免疫を活性化する口腔内細菌を同定。また、免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強する腸内細菌をヒトの便から単離することに成功したことなどを第30回日本外科感染症学会(2017年11月29~30日)で報告した。

炎症性腸疾患患者では口腔内細菌が腸管に定着

本田氏によると、ヒトは毎日約1.5Lの唾液を分泌しているが、その中には大量の口腔内細菌が含まれている。通常、口腔内細菌が腸内に定着することを防ぐために、腸内細菌による「colonization resistance」と呼ばれる防御機構が働いている。しかし、腸内細菌叢が乱れた状態(dysbiosis)に陥ると、口腔内由来の細菌が腸内に定着してしまうことがある。実際に、炎症性腸疾患や肝硬変、大腸がんなどの患者では口腔内細菌が腸内に定着していることが観察されている。それにより、腸管の免疫を異常に活性化すると考えられている。

 同氏らが、クローン病患者から採集した唾液を無菌マウスに経口投与したところ、一部の患者の唾液を投与したマウスの大腸において、インターフェロン(IFN)-γを産生するCD4陽性のヘルパーT細胞(TH1細胞)が顕著に増加していた。次に、マウスの腸内に定着していた口腔内細菌を調べた結果、肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)がTH1細胞を強く誘導する細菌であることを見いだした(図、Science 2017; 358: 359-365)。

(慶應義塾大学・理化学研究所・早稲田大学・日本医療研究開発機構のプレスリリースを基に編集部作成)

さらに、腸内細菌が存在する通常のSPF(specific pathogen-free)マウスにK. pneumoniaeを経口投与しても腸管内に定着しなかったが、抗生物質を投与したSPFマウスではK. pneumoniaeが腸管内に定着、TH1細胞を強く誘導することが確認された。

 潰瘍性大腸炎の患者から採集した唾液を無菌マウスに投与した場合も、一部の患者の唾液においてクローン病患者の唾液投与マウスと同様に腸管でのKlebsiella属菌(K. aeromibilis)の定着とTH1細胞の増加が観察された。さらに、健康人の唾液を無菌マウスに投与した場合でも、腸管でのK. pneumoniae の定着とTH1細胞の誘導が観察されたという。

 これらの結果から、同氏は「K. pneumoniaeのようなTH1細胞を強力に誘導する口腔内由来細菌は、通常はcolonization resistanceにより腸管に定着しない。しかし、抗生物質などの使用により腸管内のdysbiosisが起こりcolonization resistanceが失われると、宿主の遺伝型によっては炎症の惹起・増悪・遷延化につながることが示唆された」と報告した。

 また、同氏は重要なこととして、「K. pneumoniae は、しばしば多剤耐性になるうる菌である」と指摘。特にカルバペネム系抗菌薬に耐性を示すK. pneumoniaeは大きな問題となっており、米疾病対策センター(CDC)はカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(Carbapenem-resistant enterobacteriaceae;CRE)を「Urgent Threats(緊急の脅威)」に分類し、早急な対策を講じる必要があると警告している。「抗生物質の投与により多剤耐性となったK. pneumoniaeが腸管に定着し、悪影響を及ぼしていることが考えられる」(同氏)。実際に、同氏らがクローン病患者の唾液から単離したK. pneumoniaeも多剤耐性株であった。

 そこで同氏らは現在、腸内細菌にはK. pneumoniae のような口腔内由来細菌に対してcolonization resistanceを発揮している特定の菌種が存在すると考え、そうした細菌の単離を試みているという。

IFN-γ産生CD8陽性T細胞を強く誘導する腸内細菌を同定

また本田氏らは、健康な日本人の便から、IFN-γ産生()CD8陽性()T細胞を誘導する11菌株を単離することに成功した。現時点で、この11菌株がIFN-γCD8T細胞を強く誘導する最小単位であると考えているという。

 IFN-γCD8T細胞は、以前からバクテリアやウイルスの細胞内への感染防御に非常に重要な働きをしていることが報告されている。そのため例えば、この11菌株を毎日投与した場合、ウイルス感染に対する防御能が強化される可能性がある。同氏らは現在、インフルエンザウイルスなどに対する感染防御の増強効果についても検証している。

 さらに、IFN-γCD8T細胞はがん免疫においてエフェクター細胞として働くことが知られている。そこで同氏らは、同大学先端医科学研究所細胞情報研究部門教授の河上裕氏らとの共同研究により、今回同定した11菌株と免疫チェックポイント阻害薬との併用による抗腫瘍効果を検証している。

 マウスMC38大腸がん移植モデルを用いた実験では、11菌株投与の抗腫瘍効果は抗PD-1抗体に匹敵する成績であり、かつ抗PD-1抗体と11菌株の併用投与により抗腫瘍効果が増強することが示されている。

 こうした11菌株と免疫チェックポイント阻害薬の併用効果は、抗CTLA-4抗体との併用や、悪性黒色腫のマウスモデルにおいても確認されている。同氏は現在、この11菌株を臨床応用したいと考えているという。