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(2020/3/27転載)

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世界大恐慌


コロナショックの先に1930年代の再来はあるか



岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト 2020/03/24 7:50



新型コロナウイルスの感染拡大は、イタリア、フランス、ドイツ、アメリカといった先進国に飛び火し、各国の経済活動を大きく制限している。実体経済も金融市場も混乱を来し、リーマンショックを上回る経済危機になりそうなことがはっきりしてきた。ドナルド・トランプアメリカ大統領は、「ある意味で戦時の大統領になった」と宣言し、朝鮮戦争時に制定した「国防生産法」の適用にまで踏み込んできた。

現実に、アメリカ金融大手のゴールドマン・サックスは、2020年4~6月期のアメリカのGDP成長率の見通しを、従来のマイナス5%からマイナス24%へと下方修正した。四半期単位のマイナス24%は過去最大だと報道されている。また、セントルイス地区連銀のブラード総裁は、GDPが4~6月期にはマイナス50%、失業率も30%に達すると発言している。

もう「不況になる」「ならない」の問題ではない。

そもそも経済危機というのは、いくつかの段階がある。簡単におさらいしておこう。

・景気後退(Recession)……第2四半期連続でのGDP成長率がマイナス

・不況(Depression)……年10%前後のマイナス成長、あるいは3年以上のマイナス成長

・恐慌(CrisisまたはPanic)……不況の状況に金融危機が伴い、金融機関の貸し渋りと貸し剥がしなど「信用収縮」「信用崩壊」が伴う

・大恐慌(The great depression)……壊滅的な経済危機。金融システム崩壊、企業倒産が相次ぎ、失業者が街にあふれる。通貨の暴落、ハイパーインフレが訪れる

恐慌まで行くか、それとも大恐慌になるか

今の状況からすると、不況は避けられない。ここ数カ月の間に画期的な治療薬が発明される、あるいはワクチンができれば別だが、恐慌まで行くか、それとも大恐慌になってしまうかの瀬戸際と言っていい。

リーマンショックは「100年に1度の経済危機」として、1929年の世界大恐慌に匹敵する大恐慌になるのではないかと懸念された。幸い、アメリカの中央銀行に当たるFRBのバーナンキ議長が恐慌の専門家だったため適切な対応ができたことはよく知られている。

加えて、G7やG20といった世界の首脳が意思をひとつにして財政政策を実施。本来であれば、大恐慌級の経済危機が襲うはずだったのが救われたわけだ。

しかし、リーマンショックからわずか10年で襲ってきた今回のパンデミックでは、貿易や観光など経済のグローバル化が急激に進むなど、世界の環境は大きく変化している。大恐慌に至ってしまう可能性も否定できない。

世界恐慌や大恐慌になると、どんなことが起こるのか……。経験したことのない経済危機の入り口に立っているわれわれが今、学べるとすれば過去の歴史しかない。


失業者があふれ、賃金は大幅下落



具体的に、近代史の中では最も悲惨と言われる1930年代の大恐慌下のアメリカを例に考えてみたい。アメリカの大恐慌は、1929年に株価が大暴落したあと、フーバー政権が何の対策も打たずに静観したのが、大きな原因と言われている。さすがに現代において各国政府が何の手も打たずに静観して、このようになってしまうとは想像したくないが、さまざまな文献を参考に何が起きたのかをまとめると、ざっと次のようになる(『世界同時デフレ』(山田伸二著、東洋経済新報社)などから抜粋)。

・国民総生産……ピーク時から半減(1929年:100⇒1933年:53.6)

・生産指数……ピーク時の半減(1929年:100⇒1932年:54)

・卸売物価指数……3割の下落(1929年:100⇒1933年:69.2)

・失業者数……最大1283万人(1933年)

・失業率……最大24.9%(1933年)

・金融機関……銀行倒産件数6000行

・株価……ピーク時から89.2%の下落

1933年には実体経済がズタズタに

1933年には実体経済がズタズタになってしまった。大量の失業者が家を失い、「フーバービル」と呼ばれたバラックを建ててコミュニティーを作ったとされる。

1932年には、とうもろこしの価格が4分の1になるなど食糧価格も大きく下落。その後の食糧難の原因にもなっていく。

フーバー大統領の次に登場したルーズベルト大統領が、有名な「ニューディール政策」をスタートさせ、貧困にあえぐ国民を救うための「連邦緊急救済局(FERA)」を設立した。1930年代の大恐慌下での最初の救済機関であり、最低限の生活費を給付するような機関だ。

『世界大恐慌――1929年に何がおこったか』(秋元英一著、講談社選書メチエ)によると、1933年10月に行われた「救済状況調査」によると、300万家族、1250万人、アメリカ全人口の10%がFERAに依存せざるをえなかった、と記録されている。

FERAの運用は、州などの地方自治体に任されたが、例えばニューヨーク州の1933年8月の救済金は一家族あたり23ドル。食費で消えてしまい、家賃が払えずホームレスになる家族が大量に発生したと言われる。

とくに1933年には、それまで政府の失業支援策を受けることを世間体から拒否していた独身女性までもが、空腹に耐え切れずに失業者救済のオフィスの扉をたたくようになり、政府もやっと事態の重大さに気づいたといわれる。

州によっては、食料品を現物支給するところも多かった。この直後からニューディール政策として400万人の雇用確保計画が始まる。アメリカでさえも大恐慌に陥れば国民全体が貧困になり、飢えるということだ。

ほかにもさまざまな文献を参考に大恐慌の歴史を振り返ってみよう。


人類が経験した悲惨な「大恐慌」の実態とは?



<失業率>アメリカでは25%、1200万人の失業者が街にあふれた



1930年代の大恐慌では、アメリカの失業率は25%(1933年)に達し、1200万人の失業者が街にあふれたと言われる。単純に言えば労働者の4人に1人が失業しているわけだ。当時のアメリカの人口は、だいたい1億2600万人というから現在の日本と同程度の人口規模だ。

日本の労働者数は、就業者数6687万人(2020年1月、労働力調査より、以下同)、雇用者数6017万人、完全失業者数は159万人。単純に失業率が25%になれば、日本の完全失業者数は1671万人となる。大恐慌になれば、街は失業者であふれると考えていい。

アメリカは、当時400万人の雇用を創設したニューディール政策によって、10世帯に1世帯を救ったとされている。日本政府に1671万人を救う力はあるだろうか。

一方、大恐慌下の労働者を取り巻く環境では、フルタイム就業者がどんどん首を切られて、最終的にはパートタイムの労働者だけになってしまうという現象も起きた。前述の『世界大恐慌――1929年に何がおこったか』によると、当時の鉄鋼会社「USスティール」のフルタイム就業者の数は次のように激減していく。

・1929年……22万4980人

・1930年……21万1055人

・1931年……5万3619人

・1932年……1万8938人

・1933年……0人

22万人を超えたフルタイム就業者数が、株価暴落から4年でゼロになってしまう様子がわかる。大恐慌を超える可能性のある今回の経済危機では、これと同じようなことが起こるかもしれない。現実に、アメリカでは当時の花形の職種だった紡績工の7人に3人が失職し、自動車業界の従業員も4分の1に削減されている。例えばデトロイトの「フォード」では、1929年3月には12万8000人いた従業員が、1930年9月には3万7000人に減少している。

<賃金>平均賃金は3割超の減少に

恐慌では賃金の落ち込みも深刻になる。大恐慌時代のアメリカの「週平均賃金」の落ち込みは大きく、1923~1925年を100とした「週賃金」は次のように落ちていく(前述『世界大恐慌――1929年に何がおこったか』より、( )内は生計費の平均値)。

・1929年……104.2(99.5)

・1930年……96.8(96.9)

・1931年……86.8(88.2)

・1932年……70.4(79.2)

・1933年……68.3(75.0)

・1934年……75.3(77.7)

業種ごとにバラツキも

仮に、仕事があっても、賃金が104だった平均賃金は、1933年には68まで、最大3割を超える規模で下落していく。賃金俸給を合わせた労働者の貨幣収入の総額は、最大で42.5%下落したというデータも残っている。

ちなみに、業種別では建設業が75.4%もの減少となった。ルーズベルト大統領になってニューディール政策がスタートしてから、やっと建設業界にも仕事が入ったと言われる。

業種別では、ほぼ半減してしまったのは鉄鋼、非鉄金属、自動車、機械、木材などの重工業関連、鉱業、農林業、輸送関連。減少幅が小さかったのは政府、公益機関、金融保険、軽工業などと指摘されている。公務員はやはり安泰だということだ。


物価や株価は下がり、保護貿易に陥った



<物価>消費者物価も2~3割下落、デフレが深刻に


大恐慌のような経済危機では必ず「デフレ」という現象が伴う。

『大恐慌』(ベルナール・ガジエ著、白水社)によると、1929年と1933年の4年間の卸売物価を見てみると、わずか4年で物価は4割も下落している。下記のカッコ内は、1929年から32年までの消費者物価指数。

・アメリカ……マイナス42%(マイナス18.6%)

・フランス……マイナス38%(マイナス29%、1929~33年)

・イタリア……マイナス37%(マイナス21%)

・ドイツ……マイナス34%(マイナス21%)

・イギリス……マイナス32%(マイナス14%)

前述したように、アメリカの国民総生産(GDP)は1929年の1044億ドルから560億ドル(1933年)にまで縮小。4割超の物価の下落はGDPも半減させたということだ。ちなみに、大恐慌の影響をあまり受けなかった日本でも、消費者物価指数は同条件でマイナス17%という記録が残っている。

<貿易>「保護貿易」に陥った

1930年代の大恐慌では、アメリカの悲惨な例が注目されるが、実はブラジルのコーヒー農園ではアメリカ向けのコーヒー豆が売れなくなり、過剰在庫として石炭と一緒に燃料として燃やされたという記録が残っている。

実際に、大恐慌時代は世界各国が「保護貿易」に走り、とりわけアメリカでは高い関税をかけて海外からの輸入を規制した。75カ国の月ごとの輸入を合計した数値を「らせん状」に並べたグラフは、大恐慌を象徴するものとして知られている。各年1月時点の75カ国の「輸入額」は次のような推移をたどって、5年で3分の1に減少した(『大恐慌』より)。

・1929年……2.998

・1930年……2.739

・1931年……1.839

・1932年……1.206

・1933年……0.992(単位:10億ドル)

「輸出」で見ると、そのすさまじさがわかる。1928~1929年から1932~1933年までに、輸出が大きく減少した国は次のようになっている(『大恐慌』より)。

・80%以上……チリ

・75~80%……中国

・70~85%……ボリビア、キューバ、マレーシア、ペルー、エルサルバドル

<株価>9割の超大幅下落

1929年の大恐慌では株価はざっと9割下落している。まさに、紙くず同然になった株式も少なくなかったわけだ。投資家が数多く入居していた当時のエンパイアステートビルでは、毎日のように破産した投資家がビルから身投げをしたという記録も残っている。歴代の株価暴落を紹介すると、次のようになる。

日本の平成バブル崩壊も株価は8割下げた

■ニューヨークダウ(1929年~1934年)……89.2%

■FT100(1974年)……86.5%

■日経225(1990~2003年)……81.5%

ちなみに、代表的な株価指数ではないが、日本の「東証マザーズ」では有名な「ライブドア・ショック」時に、最大で90.86%(2006年1月31日~2008年10月31日)の下げ幅になった。新興企業の大半が壊滅的な株価下落を経験している。

新型コロナウイルスの感染拡大による現象で「オーバーシュート」という言葉が話題になっているが、株式市場でもオーバーシュートという言葉がよく使われる。売られすぎ、買われすぎを示す言葉だが、時として金融市場の価格はドラスティックな動きになる。加えて、変動幅が増幅される現在のAI(人工知能)相場では、さらに大きな変動もありうる。想定を超えるボラティリティー(変動幅)があっても不思議ではない。


恐慌は資本主義社会では避けられない運命?



資本主義社会ではもともと「恐慌」は避けられないものともいえる。世界の恐慌の歴史を振り返ってみると、1929年の大恐慌だけではなくそれこそ10年に1度程度の割合で恐慌が起きている。

実際に、金融危機だけを見ても1929年の大恐慌以後もたびたび起きている。ニクソンショック(1971年)、ブラックマンデー(1987年)、アジア通貨危機(1997年)、ITバブル崩壊(2001年)、リーマンショック(2008年)という具合だ。

大恐慌以前も、オランダ黄金時代のチューリップ恐慌(1637年)、世界的な規模の恐慌の第1号と言われる「1857年恐慌」といったものが有名だ。1857年恐慌は、アメリカの銀行が必要としていた金を積んだ船がハリケーンで沈んだことがきっかけとなって、南北戦争終了まで影響が残ったとされる。

1929年の大恐慌も、結果的に第2次世界大戦が終結するまで景気が回復しなかったことから、第2次世界大戦の原因になったと言われている。

破綻は個人から企業、そして国家へと連鎖?

中世のコレラやペストといったパンデミックは、欧州という具合に特定の地域で発生し、タイムラグもあった。世界はまだグローバル化されていなかったからだ。しかし、今回の新型コロナウイルスの感染爆発では、世界中でほぼ同時に感染が拡大している。

おそらく、世界経済の落ち込みも世界同時になるはずだ。問題は何が起こるかだが、予想されるリスクを発生順に列記すると次のようになる。

・欧州債務危機の再発(国家の破綻)

・新興国通貨の暴落、債務危機(〃)

・過剰流動性の副作用で「デフォルト」が大量発生(企業や国家が続々と破綻)

・世界的な金融インフラの崩壊(銀行の連鎖倒産、取り付け騒ぎなど)

・急激な保護貿易で世界は縮小経済へ

・世界同時ハイパーインフレ

世界同時ハイパーインフレとは、貨幣という概念の崩壊だ。貨幣に対する信用度が喪失し、あらゆる商品やサービスの価格が上昇してしまう現象である。18世紀のフランス革命直後のハイパーインフレをはじめとして、19世紀の南北戦争直後のアメリカ、20世紀に入ってからも第一次世界大戦直後のドイツ、帝政が終了した直後のロシア、第2次世界大戦直後の日本などなど、歴史的に大きなイベントの結末にハイパーインフレが襲っている。

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すでにあちこちで流動性不安ともいえる事態が伝わってきているが、アメリカでの通貨不安や債券市場での流動性不安が高まれば世界にも及ぶことになる。

有事に強いはずの金までもが投げ売り状態となっているのはリーマンショックと同じだが、ここからさらに金融不安がおこれば、世界各地で信用不安が発生し、その現象は世界中に感染し、連鎖しかねない。金融不安の“クラスター”が世界中で同時発生してくる可能性があるということだ。