<外傷>

湿潤療法>

擦過傷、裂傷、熱傷の新しい治療方法である”湿潤療法”を説明します。治りはやや早く、消毒による疼痛がないことが特徴です。

(但し当院では擦過傷、熱傷の治療を行っていますが、裂傷を縫合することは行っていません。)

1.熱傷は流水で20~30分位よく冷やしてから来院してください。

フィブラストスプレーや紫雲膏、及び創傷被覆剤を用いた湿潤療法を行っています。

ただし頭頚部や関節部に広がる広範囲の熱傷や、気道熱傷はICUを備えた総合病院に入院する必要があります。

2.擦過傷はすぐによく洗ってから来院してください。

3.裂傷はすぐによく洗い、圧迫止血することが原則ですが、痛くて自分で深くまで洗えない時は

局所麻酔後にブラッシングで汚染物を取り除く必要があります。

また破傷風トキソイドが必要になることも多く、早めの外科受診をお勧めします。

縫合は受傷翌日でも間に合うことが多く、また後述するように整容的観点から、

形成外科医による縫合>保存的治療(縫合なし)>外科医による縫合>トレーニングが不十分な内科系医師による縫合

の順に整容的予後が優れていると言われています。

出血が止まりきっていない時に専門外の医師が縫合するよりも、

十分止血してから翌日熟練した形成外科医に縫合してもらう方がきれいに治ります。

従って当院では洗浄、被覆、(必要があれば抗菌薬投与)までしか行いません。

<従来の創傷治療法>

1.創傷部を洗浄

2.イソジン消毒

3.ガーゼ貼付・固定

4.毎日ガーゼを剥がし、

5.毎日イソジン消毒を繰り返す。

6.ソフラチュールガーゼを貼付

7.滅菌ガーゼを貼付

8.入浴時に濡らさないように注意する。

というものでした。

要旨は細菌感染を防ぐことを主目的としており、

そのために創傷部を細菌が繁殖しないように”乾燥”環境にしようというものです。

しかし多くの優れた抗生剤が開発され、細菌感染症はかなりのレベルでコントロールされるようになりました。

すると「治療に伴う疼痛が少ない」、「治癒後の整容性に優れる」という観点からも

従来の方法が批評され、新しい治療法が生まれることになったのです。

<創傷治癒の新しい戦略:湿潤療法、ラップ療法>

しかし湿潤環境下の方が創傷の治療経過がよいことは欧米においては1960年代後半から臨床報告などで知られており、

これを応用した治療法は"Moist Wound Healing"と呼ばれて医療機関等でも一般的になっています。

創傷(特に擦過傷)や熱傷などの皮膚潰瘍に対し、従来のガーゼと消毒薬での治療を否定し、

「消毒をしない」「乾かさない」「水道水でよく洗う」を3原則とした療法が推進されています。

これは閉鎖療法、湿潤療法とも呼ばれる治療方法です。

2001年ごろから形成外科医である夏井睦医師によって提唱され、賛同する医師らによって普及が図られています。

消毒薬が容易に傷のタンパク質との反応によって細菌を殺す閾値以下の効力になる一方で、

欠損組織を再生しつつある人体の細胞を殺すには充分な効力を保っていること、

再生組織は乾燥によって容易に死滅し、傷口の乾燥は組織の再生を著しく遅らせること、

皮膚のような浅部組織は常在細菌に対する耐性が高く、

壊死組織や異物が介在しなければ消毒しなくても感染症に至ることは殆ど無いことなどに注目して考案されました。

再生組織を殺さないように傷口の内部に消毒薬を入れることを避け、

創部を湿潤状態に保ち、再生中の表皮細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞が移動して被覆しやすい環境を保ちます。

なお感染症の誘因となる壊死組織や異物を十分除去することは従来の方法と同様にとても重要です。

また、同様のコンセプトによる褥瘡治療が、ほぼ同じ時期より内科医の鳥谷部俊一医師によって提唱されており、

湿潤状態を保持するために食品用ラップを用いることから、

ラップ療法、開放性ウェットドレッシング療法 (Open Wet-dressing Therapy, OpenWT) と呼ばれています。

湿潤療法(ラップ療法)の実例や具体的方法が、

http://www.wound-treatment.jp/

に詳細が紹介されています。

ここでは2007年の日本小児皮膚科学会で発表された方法を紹介します。

<擦過傷・裂傷に対する湿潤療法>

1.十分な異物(血腫も含む)除去と洗浄が必要。洗浄は水道水で十分である。

異物が取れない時は局所麻酔して、歯ブラシでブラッシングして除去する。

擦過傷の場合、石ケンを泡立てて創周囲を洗い、水道水でよく流す。

破傷風のリスクがあれば破傷風トキソイドを接種する。

2.出血が激しい場合、アルギン酸(ソーブサン、カルトスタット)で圧迫止血する。

3.浅い傷、真皮内にとどまる傷に対しては、テープ固定して、翌日形成外科を紹介する。

深い傷、皮下脂肪組織に達する傷に対しては、創傷被覆剤で覆う。

(当日:アルギン酸+フィルム剤 で固定するだけにする。

出血の程度が強い時はアルギン酸を2~3日貼付しても良い。

2日目(出血が止まっており縫合する程は深くない場合):

十分洗浄し、血腫を洗い流した後、フィルムを直接貼付、or テープ固定、or

ハイドロコロイド(プラスモイストV)にて固定。

止血が十分で死腔がなければテープ固定が良い。

4.場合によっては第1~2世代セフェム系抗生剤を3日間投与する。

5.ラップ療法から穴開きポリ袋療法へ

<病期による滲出液の性状変化>

・急性期:受傷後2~3日は感染がなくても滲出液は大量で、その成分の殆どが創傷治癒に促進的に働く。

・慢性期:受傷後1~2週(時には数日)でタンパク分解酵素等の創傷治癒を妨げる成分が増えてくる。

この時期は最低限の湿潤を保つために必要な滲出液量以外はドレナージが必要となる。

ラップによる密閉療法は、滲出液がラップの下に溜まって1次性接触性皮膚炎を起こすことがあるため

穴開きポリ袋を直接創傷部に乗せて角をテープ固定し、その上から紙オムツを被せて被覆します。

こうすることによって穴開きポリ袋の下では最低限の湿潤が保たれ、

余分な滲出液はその上の紙オムツが吸い取ってくれます。

<急性期>

・アルギン酸(ソーブサン、カルトスタット)→強力な止血作用がある。止血不良の時は2~3日使う。接着剤なし。

・ポリウレタン(ハイドロサイト)→吸水作用が強い。接着剤なし。

・ポリウレタンフィルム(オプサイト、テガダーム)→固定用テープ代わり(接着剤付き)。閉鎖創や縫合創に適する。

を使用する。

次に滲出液が少なくなってから、もしくは浅い潰瘍や擦過傷には初期からハイドロコロイドを使用。

・ハイドロコロイド(デュオアクティブ、コムフィール、ビジダーム、キズパワーパッド、プラスモイストV)

→前二者は殺菌してあり高価。ビジダームは非滅菌でサイズが大きく680円と安いのでお勧め。

プラスモイストVは更に大きく、1枚1000円と比較的安価。

キズパワーパッドは小さくて10枚入り820円と高価。

<慢性期>

・ハイドロポリマー(ティエール)→滲出液が多く、傷が深いとき。

・ハイドロファイバー(アクアセル)→乾燥しやすい創傷面。

・ハイドロジェル(グラニュゲル、イントラサイト)→壊死物の自己融解を促す。小さなポケットに充填。

6.白い滲出液が創傷被覆剤の下に一杯になったら被覆剤を交換する。滲出液が少なくなれば5~7日に1回の交換で十分。

<熱傷の湿潤療法>

1.とにかく受傷後、すぐに冷たい流水で20~30分は冷やす。

疼痛が無くなるか寒さでshivering(震え)が出るまで続ける。

2.フィブラストスプレーを創部に噴霧。

3.穴開きポリ袋を創部に直接貼付し、その四隅をテープ固定。

4.紙オムツを更にその上から被せて固定する。

(熱傷部位は無菌なので抗生剤は不要です。)

5.ある程度上皮化したら紫雲膏塗布に切り替え、湿潤療法を続ける。

<熱傷例>:2度熱傷→4日後に半分程度の面積が上皮化→6~7日後に殆ど上皮化完了→30~50日後には瘢痕なく治癒。

<外用剤価格一覧(100g当たりの単価)>

<壊死物の融解促進作用>

ブロメライン軟膏 2900円

<肉芽・上皮化促進作用>

リフラップ軟膏 4830円

オルセノン軟膏 6050円

アクトシン軟膏 6200円

プロスタンディン軟膏 6610円

<抗菌作用>

ユーパスタ 5740円

カデックス軟膏 9710円

ゲーベンクリーム 1630円

<肉芽形成抑制作用>

フィブラスト・スプレー(b-FGF) 12339円/1Vial=2weeks

→筋線維芽細胞のアポトーシスを誘導する。

→ケロイドを減らす可能性あり。

→熱傷や擦過傷に早期から使用して瘢痕の質を改善。

<湿潤療法の要点>

1.水道水でよく洗浄して血腫や異物を除去する。

洗浄および異物除去は従来と同様に丁寧に行う。ただし水道水で十分である。

医療機関に連れて行き滅菌水で洗浄するより、受傷後、直ちに水道水で洗浄する方が良い。

2.消毒は全く不要である。

イソジン等の消毒薬は細菌を殺すが、人間の細胞も殺す。人間の細胞の方が細胞壁がないため弱い。

十分な洗浄で細菌量を減らせば自らの白血球が少量の細菌を殺してくれる。

また3日間程度の抗生剤内服で再生組織に悪影響無く、細菌のみを殺すことができる。

3.創傷部を乾かさない。

組織の再生を促進させるために上皮細胞や線維芽細胞が移動し易い湿潤環境を保つ。

4.無理して縫合しない。テープ固定だけで十分な裂傷も多い。顔にはステープラーも不適切です。

縫合するのであれば「熟練した形成外科医が細い縫合糸を使用し、弱いテンションで細かく縫う」というのが理想的です。

鋭利な切創は5-0ナイロン等で縫合し、アルギン酸で圧迫止血。創傷被覆剤+フィルム剤(デュオアクティブET等)で覆う。

(BMJ 2002, 325;299(10 August)

サンフランシスコの救急病院を受診した手掌の裂傷患者95名をRCTによって割り振ったところ

3ヶ月後の整容的評価と治癒までの日数は、縫合してもしなくても有意差が無く、

処置中の疼痛は縫合しない方が少ないという結果でした。)

5.抗生剤の外用は不要。

ゲンタマイシンを含んだ軟膏が多用されていることから、日本人の表皮常在菌がかなり耐性化しており、

ソフラチュールのようなアミノグリコシド系抗生剤を含んだ外用は無効であることが多い。

また水道水で洗い切れなかった箇所は当然外用抗生剤も届かない。

破傷風菌の芽胞には抗生剤も消毒薬も無効です。

<家庭での湿潤療法>

1. 創傷に関して傷の深いものは医師の診断を受けること。特に破傷風のリスクがある場合はトキソイドの接種が必要。

熱傷に関しても、熱傷応急処置を優先する。

2. 水道水で傷口の汚れを完全に洗い落とす。この時消毒を行ってはいけない。

ガーゼや通常の絆創膏の使用は出血を止めるのに使用するのにとどめる。

3. 出血が止まったら、ラップなどのドレッシング材を傷より大きめに切り、患部に当てる。

(保湿効果のある白色ワセリンやプロペトをラップに塗り患部に当てるとなお良い)

4. 貼ったラップを包帯などにより固定する。

5. ラップは滲出液が貯まってきたら交換する。滲出液が少なければ数日に1回で十分である。

6. 上皮化が完了すれば治療完了となる。上皮化のサインとして傷がピンク色になり新たな皮膚ができ疼痛がなくなる。

かゆみが生じる場合もある。

7. 上皮化してすぐの皮膚はしみになりやすいため、少なくとも1ヶ月は紫外線に注意する。

(衣服により物理的に日光を遮断するか、日焼け止めクリームを利用など)

8. 創が感染を起こした状況が考えられる場合(周辺部が赤く腫れる、痛みの出現、臭いがきつくなった等)は

速やかに治療を中止して医師の診察を受けること。

<医療現場での湿潤療法>

消毒を行った上でガーゼを貼る治療が主流だが、湿潤療法の治療を行う医師も増えている。

ドレッシング材(被覆材)は、ポリウレタンフィルム、ハイドロコロイド、ハイドロジェル、ハイドロポリマー等が利用される。

ただし、これらのドレッシング材の製品を利用した医療用具はほとんど市販されていない。

専用ドレッシング材がない場合、食品用ラップ、穴開きポリ袋+紙オムツが代用品になる。

ガーゼにワセリンを塗った上で、患部に当てる方法もあるが上記のドレッシング材より保湿効果は少ない。

近年ではラップの気密性をより高め、注射器などを使って患部に負圧をかけ、

より治癒を早める陰圧閉鎖療法というものも導入されている。

医療機関では、創傷被覆剤としてプラスモイストV(25cm×20cmで1枚1000円)が入手でき、

2007年10月1日より薬局でプラスモイストPを購入することができるようになります。