賃貸の集合住宅では「循環器疾患」死亡リスクが高くなる。
賃貸の集合住宅では「循環器疾患」死亡リスクが高くなる。
環境が健康や病気に与える影響は大きい。東京科学大学などの研究で、65歳以上の高齢者が賃貸アパートなどの集合住宅に居住している場合、循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)による死亡リスクが高いことが明らかになった。
住環境が健康におよぼす影響
特に日本などの温帯気候の国々では、室内の温度による影響が病気や死亡リスクとなる。そのため、住環境を改善することは、特に年少者や高齢者に対して循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)などの病気やうつ状態の予防に効果があることがわかっている(※1)。
冬季に暖房が十分でない場合、室温が低く湿気がこもりやすくなり、カビの発生などを通じて呼吸器に悪影響を与える。例えば、暖房が十分でなく、湿気が多い住環境に住む子どもは、呼吸器疾患で再入院したり死亡する危険性が高いことがわかっている(※2)。
世界的に住環境については、スプリット・インセンティブという現象が起きていることが指摘されている。スプリット・インセンティブとは、賃貸オーナーが省エネなど居住者に有益な投資を行いにくくなる現象を指す。例えば、オーナーが建築費を抑えるために断熱性能を低くするようなケースだ(※3)。
こうした現象は、社会経済格差が進む中、経済的弱者に大きな影響をおよぼす。例えば、日本の研究の中には、公営住宅のほうが民間の賃貸住宅より死亡リスクが低く、健康にいい住環境というものがある(※4)。つまり、民間の賃貸住宅よりも適正に施工管理された公営住宅のほうに、前述したスプリット・インセンティブの程度の低さが影響しているのではないかというわけだ。
高齢者への長期的な影響
住環境と病気や死亡のリスクには関係があるが、特に住環境と循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)との長期的な関係についての研究は少なかった。こうしたことを背景に東京科学大学などの研究グループは、65歳以上の高齢者を対象とした6年間のコホート(集団)調査により、住環境と循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)の関係を調べ、その結果を英国の公衆衛生学誌に発表した(※5)。
同研究グループが用いたのは、JAGES(日本老年学的評価研究機構)による3万8731名の65歳以上の高齢者を対象に行われた2012年1月1日から2017年12月31日までの6年間の追跡調査のデータだ。研究参加者に対し、住宅種別(持家・戸建住宅/持家・集合住宅/賃貸・戸建住宅/賃貸・集合住宅)に関するアンケート調査を実施し、市町村が保有する死亡日データ、厚生労働省が保有する死因データを結合し、循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)が原因の累積死亡率を住宅種別に比較した。
その結果、持家・集合住宅(下図の青実線)、持家・戸建住宅(緑点線)、賃貸・集合住宅(橙点線)の順に循環器疾患による累積死亡率が高くなり、カプラン・マイヤー曲線(イベントの発生状況を経時的に視覚表現した統計的手法)の差を分析したところ、統計学的な有意差を認めた(賃貸・戸建はサンプル数が少ないため対象外)。
<図1> 住宅種別の循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)の死亡率の経時的変化。東京科学大学のリリースより
こうした得られたデータに対し、年齢、性別、社会経済的要因(所得や教育歴など)、生活習慣(食習慣、運動習慣など)の変数を調整し、持ち家・集合住宅を基準(ハザード比=1)としてイベント発生の相対的なリスクを算出した。その結果、賃貸・集合住宅のハザード比は全体では1.78、男性で2.32となり、統計学的に有意となった(女性は1.29で有意差なし)。
同研究グループは、賃貸・集合住宅における6年間の循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)の死亡リスクは、持家・集合住宅と比べて全体では78%高く、男性では132%高いと解釈されるとしている。賃貸・集合住宅には、前述したスプリット・インセンティブの影響があるのではないかと考えており、賃貸住宅のオーナーによる適正な設備への投資が重要とした。
また、同研究では、賃貸集合住宅が最も高いリスクを示したが、戸建住宅も一定のリスク上昇が認められた。
これについて同研究グループは、上下左右を屋外に囲まれる戸建住宅は上下左右を隣接住戸に囲まれる集合住宅と比べ、屋外と接する壁や屋根等の面積が大きいため、屋外環境の影響を受けやすくなる。室内環境、中でも循環器疾患のリスク要因である温熱環境の質が低下しやすく、適切に管理されている集合住宅に比べ、死亡リスクが高くなったのではないかとしている。
日本では2024年4月から新たな建築物に対し、省エネ性能表示制度が始まった。賃貸住宅に対しても断熱性能を含む省エネ性能ラベルの表示が努力義務化されている。
同研究グループは、こうした「見える化」は賃貸住宅オーナーによる住宅投資意欲を向上させるために重要と考えているが、健康や安全面で問題がある住宅に対し、改修や解体などの法的な命令が出される英国の住環境の規制システムを紹介し、賃貸住宅の質的な担保に向けたより積極的な行政の取り組みなどが必要なのではないかと強調している。
※1-1:J Peter Clinch, John D. Healy, "Housing standards and excess winter mortality" Journal of Epidemiology & Community Health, Vol.54, Issue9, 1, September, 2000
※1-2:Philippa Howden-Chapman, et al., "Review of the Impact of Housing Quality on Inequalities in Health and Well-Being" Annual Review of Public Health, Vol.44, 233-254, April, 2023
※1-3:Maho Iwata, et al., "Perceived indoor thermal environment and depressive symptoms among older adults in the Japan Gerontological Evaluation Study" scientific reports, 15, Article number: 30871, 22, August, 2025
※2:Jane Oliver, et al., "Risk of rehospitalization and death for vulnerable New Zealand children" Archives of Disease in Childhood, Vol.103, Issue4, 22, July, 2017
※3:Todd D. Gerarden, et al., "Assessing the Energy-Efficiency Gap" Journal of Economic Literature, Vol.55, No.4, December, 2017
※4:Chie Koga, et al., "Living in public rental housing is healthier than private rental housing, a 9-year cohort study from Japan Gerontological Evaluation Study" scientific reports, 14, Article number: 7547, 30, March, 2024
※5:Wataru Umishio, et al., "Combination of housing type (detached houses vs flats) and tenure (owned vs rented) in relation to cardiovascular mortality: findings from a 6-year cohort study in Japan" BMJ Public Health, Vol.3, issue2, 8, September, 2025