デルタ株の遺伝子変異と臨床的特徴(山口 佳寿博 氏/田中 希宇人 氏 解説)

基本的事項の確認をしておきたい。

<基本事項1>

ウイルスは物理法則に従って漂っているだけである。細菌のような鞭毛は付いていない。意思があって移動することはない。宿主側の細胞に受容体を取っ掛かりとして入り込んで、宿主側の細胞分裂に合わせて酵素を利用することで他力本願な方法で1万倍程度にウイルスのパーツを増やす。

<基本事項2>

ウイルスは不完全な粒子が多い。各部位をホスト側に合成してもらった後、自然に合体するのを待っている。ヒトの場合で言えば、手や足や心臓がバラバラに生まれてきて、自然に合体するのを待っているのである。

合体した時には手がないものや心臓が無いものも出来上がる。SARS-CoV2では最低400個以上のVirion(ウイルス粒子)が無いと感染させることができないのは、多くのVirionが不完全で、合体することも感染することも偶然に支配されているからである。(数十個のVirionを吸い込んでも感染しない。)

<基本事項3>

2種類以上のウイルス株が同時に感染すると重症化するのも、より強いAffintyを持つパーツが自然に再集合するからである。

<基本事項4>

SpikeタンパクをCodeする僅か数個のRNA遺伝子変異によって、Spikeの立体構造が変化し、吸着力(Affinityと言う)がかなり違ってくる。より少ないVirionで感染できるようになる。僅かに立体構造が変わるだけで、感染が成立するのに必要な閾値が変わってしまう。

※ SARS-CoV2のVirionがヒトの細胞に吸着するのは鼻腔や腸管粘膜に発現しているACE2受容体であり、そこに吸着するためのためのSARS-CoV2側のタンパクはSpikeタンパクと言う。

<基本事項5>

素早く細胞に侵入できるようになったことから、体内での増殖も早くなった。1回の細胞分裂で増やすことができる倍率は変わらない。Affinityが増したことで、次の細胞に侵入する時間が短縮した。(紅白玉入れで従来株では外しまくっていたのに、デルタ株ではかなりコントロールが良くなったとイメージしてください。1分間当たりに同じ数の玉を投げ入れても、籠を満杯にするまでの時間はデルタ株の方が短縮します。

<基本事項6>

我々の免疫を獲得する時間は変わらない。このため、十分対応できるようになるためにあまりに増えると体内の炎症が激烈になってしまいます。発症3日目が最もウイルス排泄が多くなるのだが、この時のウイルス排泄が従来株の1000倍以上になる。(Affinityの違いが数倍でも、ウイルス排泄が1000倍以上違うことは普通に起こります。)

<基本事項7>

物理特性は変わらない。コロナウイルスのゲノムはウイルスの中では大きく、遺伝子変異を修復する酵素を持っている。月単位や年単位では、インフルエンザ等に比べると変化が少ない。紫外線耐性やアルコール耐性が強くなることはない。

<基本事項8>

宿主側がウイルスを認識するタンパク(エピトープと言う)は80ヶ所以上(〜150ヶ所)ある。

多少Spikeが変異してもT cell がSARS-CoV2を認識できなくなることはない。従ってワクチンは無効にはならない。

(2021/08/15 管理者記載)

********************************************************

2019年12月末に中国・武漢で発生した新型コロナ感染症の原因ウイルスを武漢原株(第1世代)と定義する。ウイルスは2.5塩基/月の速度で変異を繰り返し(Meredith LW, et al. Lancet Infect Dis.2021;20:1263-1271.)、2020年2月下旬にはS蛋白614位のアミノ酸がアスラギン酸(D)からグリシン(G)に置換されたD614G株(第2世代、従来株)が発生した。D614G株は変異を繰り返し、D614G株から数多くの変異株が形成されたが2020年の秋口まではD614G株自体が世界を席巻する主たるウイルスであった。しかしながら、2020年の秋以降、D614G株のS蛋白501位のアミノ酸がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に置換されたN501Y株ならびにN501Y変異を有さない非N501Y株がD614G株を凌駕し、コロナ感染症は第2世代から第3世代変異株の時代に突入した。WHOは、第3世代の変異株にあってAlpha株(英国株:B.1.1.7)、Beta株(南アフリカ株:B.1.351)、Gamma株(ブラジル株:P.1)、Delta株(インド株:B.1.617.2)の4種類をVOC(Variants of Concern)と定義し、世界的な監視/警戒を呼び掛けている。


 Alpha株は2020年9月以降、Beta株は2020年11月以降、Gamma株は2020年12月以降に世界的播種が始まった。インド株は2020年10月にインドにおいて初めて検出されたN501Yを有さない第3世代変異株であるが、初期には、S蛋白にE484QとL452Rという2つの液性免疫回避作用の原因となる遺伝子変異を有するB.1.617.3が主流を占めていた。しかしながら、2021年4月末以降、B.1.617.3の頻度が低下、代わってB.1.617.1とB.1.617.2による感染頻度が増加した。5月に入り、B.1.617.1が衰退し、現在ではB.1.617.2がインド株の中心的ウイルスとして世界に播種している(Weekly epidemiological update on COVID-19. WHO. 2021 May 11.)。


 Delta株のS蛋白には遺伝子変異が8ヵ所認められ(T19R、G142D、157/158欠損、L452R、T478K、D614G、P681R、D950N)、L452R変異が強力な液性免疫回避作用を発現する。157/158欠損、T478Kも液性免疫回避作用を有するがL452Rほど強力ではない。P681R変異はS2領域のFurin切断部位近傍に存在し、ウイルスと生体膜との融合を強めウイルスの感染性を上昇させる。Delta株は変異/進化を続け、現在、B.1.617.2から派生したAY.1、AY.2、AY.3も検出されるようになった(B.1.617.2のSublineage、Tracking SARS-CoV-2 Variants. WHO. 2021 July 18.)。AY.1、AY.2はB.1.617.2にK417T変異が加わったもの、AY.3はB.1.617.2にI1371V(ORF1aの変異)変異が挿入されたものである。2021年5月以降、Alpha株からDelta株への置換が進行し、2021年7月20日現在、インド、英国、米国、南アフリカ、ロシア、中国など世界の多くの国/地域で直近1ヵ月における新型コロナ感染の75%をDelta株が占めるようになっている(Weekly epidemiological update on COVID-19. WHO. 2021 July 20.)。本邦にあっては、3月初旬より第2世代のD614G株から第3世代のAlpha株への置換が始まり、5月末には感染ウイルスの85%をAlpha株が占めるようになった。しかしながら、6月初旬よりAlpha株感染の低下が始まり、7月中旬にはDelta株感染が新規感染の50%に達するものと予測されている。6月28日現在、関東圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)においては新規感染者の30%、関西圏(大阪、京都、兵庫)においては新規感染者の5%がDelta株に起因すると推定されている(国立感染症研究所. 2021年7月6日)。


 本論評で取り上げたSheikhらの論文は、スコットランドにおけるPfizer社のBNT162b2(RNAワクチン)ならびにAstraZeneca社のChAdOx1(Adeno-vectoredワクチン)のAlpha株、Delta株に対する発症/重症化予防効果を解析したものである。解析施行時(2021年4月1日~6月6日)のスコットランドでは、背景ウイルスがAlpha株からDelta株に置換されつつあった時期であり、コロナ感染者の39.5%、入院患者の35.5%がDelta株感染であり、Delta株感染による入院リスクはAlpha株感染の1.85倍であった。スコットランドにおける解析終了時点でのワクチン完全接種率(2回のワクチン接種終了)は65歳以上の高齢者で88.8%、国民全体で39.4%であり、Alpha株感染の75%、Delta株感染の70%はワクチン非接種者に認められた。Pfizer社ワクチンの発症予防効果はAlpha株に対して92%、Delta株に対して79%、AstraZeneca社ワクチンの発症予防効果はAlpha株に対して73%、Delta株に対して60%であり、両ワクチンともDelta株に対する予防効果が有意に減弱していることが示された。他のワクチンを含めた各種ワクチンのVOC変異株に対する中和抗体価、予防効果に関しては次の論評で詳細に検討する予定であるので、それを参照していただきたい。本論文の興味深い点は、5月1日から5月27日までの約1ヵ月間におけるAlpha株とDelta株感染の推移が具体的に提示されていることであり(論文の補遺参照)、スコットランドでは1ヵ月という非常に短い期間でAlpha株はDelta株にほぼ置換されたことを示している。本論文で明らかにされたDelta株の感染性、病原性の増強ならびにワクチン抵抗性は、Delta株のS蛋白における複数の遺伝子変異から説明可能である。


 本論文ならびに他の論文で明らかにされた、Delta株に対するワクチンの効果以外の臨床的特徴について考察する。感染性の指標である実効再生産数(Rt)の野生株あるいは従来株に対する比は、Alpha株で1.41倍、Beta株で1.36倍、Gamma株で1.11倍である(Weekly epidemiological update on COVID-19. WHO. 2021 March 21.)。一方、Delta株のRtは野生株・従来株の1.97倍、Alpha株の1.55倍になると報告された(Campbell F, et al. Euro Surveill. 2021;26:2100509.)。すなわち、Alpha株、Beta株では発生から75%の感染率に達するまでには約3ヵ月の期間を要するのに対し、Delta株ではスコットランドの研究で示されたように約1ヵ月で75%の感染率に達する。一方、Gamma株では約6ヵ月を要して75%の感染率に達する。


 Delta株感染時の生体へのウイルス負荷量は野生株/従来株感染時の1,200倍にも達し、ウイルス感染からPCRが陽性になるまでの潜伏期間は6日から4日に短縮される(Li B, et al. medRxiv. 2021;2021.07.07.21260122.)。その結果、野生株/従来株感染に比べ、Delta株感染では一般的入院リスクが1.2倍、ICU入院リスクが2.9倍、死亡リスクが1.4倍上昇すると報告されている(Fishman DN, Tuite AR. medRxiv. 2021;2021.07.05.21260050.)。別の論文では、野生株/従来株感染に比べてDelta株感染ではウイルス陽性期間が長く、肺炎発症リスクが1.9倍、ICU入院/死亡リスクが4.9倍に達すると報告された(Ong SWX, et al. Social Science Research Network. 2021.)。


 Delta株感染の年齢分布、性差の影響に関する確実な報告は現時点では存在しない。これは、ワクチン接種という人為的要因が加わったためにDelta株の自然感染時のデータ集積が困難になっているためである。Delta株の感染性、病原性は野生株/従来株、Alpha株より強いものであることは間違いないが、それに対して年齢、性差が影響するという科学的根拠はない。それ故、Delta株の自然感染における年齢分布、性差の影響は、ワクチン接種が始まる前に集積された野生株/従来株、Alpha株に対する影響と質的に同じと考えるべきであろう。もしこの考えが正しいならば、性差によってDelta株感染に著明な差を認めず、感染者数の年齢分布はダイヤモンド型を呈するものと推察される。すなわち、Delta株感染者数は、小児、高齢者で少なく、活動度の高い20~50代で多い(Public Health England)。Delta株感染者数がこのダイヤモンド形態から外れる場合には、各世代のワクチン接種率の差が人為的要因として関与しているものと考えるべきである。



Rapid implementation of SARS-CoV-2 sequencing to investigate cases of health-care associated COVID-19:

a prospective genomic surveillance study


Luke W Meredith, William L Hamilton, Ben Warne, Charlotte J Houldcroft, Myra Hosmillo, Aminu S Jahun, Martin D Curran, Surendra Parmar, Laura G Caller, Sarah L Caddy, Fahad A Khokhar, Anna Yakovleva, Grant Hall, Theresa Feltwell, Sally Forrest, Sushmita Sridhar, Michael P Weekes, Stephen Baker, Nicholas Brown, Elinor Moore, Ashley Popay, Iain Roddick, Mark Reacher, Theodore Gouliouris, Sharon J Peacock, Gordon Dougan, M Estée Török, Ian Goodfellow


The Lancet. Infectious diseases. 2020 11;20(11);1263-1271. pii: S1473-3099(20)30562-4.


Abstract

BACKGROUND :

The burden and influence of health-care associated severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) infections is unknown. We aimed to examine the use of rapid SARS-CoV-2 sequencing combined with detailed epidemiological analysis to investigate health-care associated SARS-CoV-2 infections and inform infection control measures.


METHODS :

In this prospective surveillance study, we set up rapid SARS-CoV-2 nanopore sequencing from PCR-positive diagnostic samples collected from our hospital (Cambridge, UK) and a random selection from hospitals in the East of England, enabling sample-to-sequence in less than 24 h. We established a weekly review and reporting system with integration of genomic and epidemiological data to investigate suspected health-care associated COVID-19 cases.


FINDINGS :

Between March 13 and April 24, 2020, we collected clinical data and samples from 5613 patients with COVID-19 from across the East of England. We sequenced 1000 samples producing 747 high-quality genomes. We combined epidemiological and genomic analysis of the 299 patients from our hospital and identified 35 clusters of identical viruses involving 159 patients. 92 (58%) of 159 patients had strong epidemiological links and 32 (20%) patients had plausible epidemiological links. These results were fed back to clinical, infection control, and hospital management teams, leading to infection-control interventions and informing patient safety reporting.


INTERPRETATION :

We established real-time genomic surveillance of SARS-CoV-2 in a UK hospital and showed the benefit of combined genomic and epidemiological analysis for the investigation of health-care associated COVID-19. This approach enabled us to detect cryptic transmission events and identify opportunities to target infection-control interventions to further reduce health-care associated infections. Our findings have important implications for national public health policy as they enable rapid tracking and investigation of infections in hospital and community settings.


FUNDING :

COVID-19 Genomics UK funded by the Department of Health and Social Care, UK Research and Innovation, and the Wellcome Sanger Institute.