安全基地との愛着形成が育児の全て
安全基地(safe base)
程よい応答性と共感性を持つ親が「安全基地」となり、安定した愛着を育む。
★「子どもが求めたら、応える」という安定した応答性が、安定した愛着を育むのには重要である。
★ ただし100%完璧に応答する必要はない。
完璧すぎる応答は、むしろマイナスになっている場合もある。「程よい応答」が一番良かったのである。
★ 求めてもいないことをやらないことも重要である。
★ 母親が安全基地として機能すると子は情緒的に安定し、外界に好奇心を向け、探索行動が増える。
このため、知能や社会性が向上するのである。
★ 父から虐待を受けた子でも、母親との愛着が安定型であれば、行動上の問題や精神疾患を来すリスクは下がる。
★ 貧困家庭の子は、裕福な家庭の子に比べて15歳時点で約2倍も衝動的な危険行為を取りやすい。
特に無秩序型(暴力と優しさが気まぐれに入れ替わる一貫性の無い母親に育てられると、子もそうなる)の場合、危険行動は約5倍になる。
Delker et al., "
Out of harm's way: Secure versus insecure-disorganized attachment predicts less adolescent risk taking related to childhood poverty." Dev psychopathol. 2018 Feb; 30(1): 283-96.
愛着形成の時期
★愛着形成の最も重要な時期は1歳半までである。
1歳半までにオキシトシン受容体の発現数がかなり決まってしまう。
5歳までであればかなりの回復は見込める。
愛着の基礎としては、
1。親が程良い応答性と共感性を持つことで「安全基地(safe base)」となる。
2。安全基地となる人が適度の距離感で、肯定的態度で接することで「愛着形成」が進む。
「1回叱る:3回褒める」→ 自己否定感情をやっと打ち消すことができる。
「1回叱る:6回褒める」→ 最もパフォーマンスが上がる割合。
(これらの事実は「幸福優位 7つの法則」に書かれているように、ハーバード大学の研究で明らかになっている。)
試験なら85点程度取れる試験が最も学習効果が高いことが分かっている。
子が自分でやりたいと望んでいるのに全てやる(過保護)とか、
子がやりたくもないことをさせる(過干渉)とか、
子に関わらない(ネグレクト)ことは愛着障害を引き起こす。
自己肯定感(自尊心)は人生の愛着形成の結果であり、何かの原因ではない
★自己肯定感(自尊心)は、これまでの人生の愛着形成の結果であり、原因ではない。
それを高めなさいなどと簡単にいうのは、本当に苦しんだことがない人が口先で言う理屈だ。
「あなたが自己肯定感がないことは無理もない。むしろそんな環境でよく生きてきた。自分を肯定できている方だ。」
とその人をありのままに肯定すべきだ。
愛着障害の症状
★幼い頃の愛着障害は2つのタイプのいずれかとして現れる。
1。外在化型:行動の問題として現れるタイプ:多動や衝動性が目立ち、人見知りが無くことが多い。学童期はADHDと誤診されることが多い。反抗・非行の合併も多い。依存症としてインターネット、ゲーム、ギャンブル、借金問題、アルコール、違法薬物、恋愛依存等に陥ることも少なくない。
2。内在化型:緊張しやすく、人見知りが強く、人に甘えることができず、困っていてもアピールできない。最後はストレスが心身の不調として現れることが多い。幼児〜学童期ではこのタイプが多い。嗜癖行動として現れて、抜毛・指吸い・自慰行為などが典型的で、思春期前後からうつ・不安・身体症状症(腹痛・下痢・頭痛・めまい等のIBSやOD症状)・摂食障害・自傷の症状が現れる。
年齢が上がるにつれて2つのタイプは混在するようになり、時期によって移り変わっていく。
気分変調症(うつや双極性障害)、不安障害、不眠症、依存症、摂食障害、境界性パーソナリティ障害、抜毛症、線維筋痛症、慢性疲労症候群、慢性頭痛、過敏性腸症候群、片頭痛(の誘発要因)はいずれも殆どが愛着障害をベースに起きている。
★ 境界性パーソナリティ障害は1940年台までは殆ど存在しなかった。遺伝が40%、愛着障害が60%の要因である。
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0149763414000062
★ 神経性やせ症は18世紀以前は報告すらなかった。19世紀から稀な疾患として報告されるようになり、1940年代以降から急激に増えてきた。過食症は更に最近の1970年台以降から増え始めた。
★ 子どもの鬱は1960年台から増えてきたが、鬱になる子どもは少数派で、心身症や抜毛や万引き等の外在化することが多い。両親の不仲が小児の鬱の大きな要因である。(子どもは自分が悪いと思ってしまうことが多い。)
★ 子どもの双極性障害は1970年台までは稀だったが、1980年台以降は急速に増えている。ADHD・攻撃的行動・非行・薬物乱用との合併例が多い。虐待がリスクを上昇させる。
Biederman et al., "Pediatric mania: a developmental subtype of bipolar disorder? " Acta. Neuropsychiatr. 2000 Sep; 12(3): 131.
1994〜1995年から2002〜2003年の比較では8年の間に10代までのI型双極性障害は40倍に増え、有病率は人口比で1%に達した。(それに対して20代以降の双極性障害は1.8倍に増えたのみで、人口比で1.7%の有病率。)
II型も加えると子どもの双極性障害の有病率は7%に達する。
Kessler et al., "National comorbidity survey replication adolescent supplement (NCS-A): III. Concordance of DSM-IV/CIDI diagnosis with clinical reassessments." J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 2009 Apr; 48(4): 386-99.
★ ADHDはアメリカでは1950年代後半から増えた。対ソ連政策で急に授業の難易度を高くしたためと言われている。
それでも1987年時点でリタリンという覚醒剤を投与されている小児は0.6%だった。しかし1997年には2.7%になり、2011年には覚醒剤系中枢神経刺激薬は6%の小児に投与され、ADHDの診断を受けた小児は10%となった。
https://www.cdc.gov/ncbddd/adhd/data.html
★ 一方で知的障害(精神遅滞)や学習障害はここ数十年で有病率は殆ど変化していない。
★ 境界性パーソナリティ障害、摂食障害、小児の気分障害、ADHDは幼い頃に母親との愛着が不安定だった場合に発症リスクが上昇することが分かっている。
Lyons-Ruth et al., "Borderline symptoms and suicidality/self-injury in late adolescence: prospectively observed relationship correlates in infancy and childhood." Psychiatry Res. 2013 Apr 30; 206(2-3): 273-81.
Dakanalis et al., "Narcissistic vulnerability and grandiosity as mediators between insecure attachment and future eating disordered behaviors: A prospective analysis of over 2000 freshmen." JClin Psychol. 2016 Mar; 72(3): 279-92.
摂食障害や境界性パーソナリティ障害の典型例では、支配的で過保護・過干渉な母親と、腰の引けた無関心な父親との間に育っていることが多い。母親は指導するか、非難するかという関わり方が多い。
虐待を受けた子ではADHDの発症リスクが高い。施設に保護された子でもADHDの発症リスクは数倍になる。
Gonzalez et al., "Evidence of concurrent and prospective associations between early maltreatment and ADHD through childhood and adolescence." Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol. 2019 Jun; 54(6): 671-82.
幼い頃に養子になって、養育者が交代しただけでADHDのリスクは数倍に高まる。
Keyes et al., "The mental health of U.S. adolescents adopted in infancy." Arch Pediatr Adolesc Med. 2008 May; 162(5): 419-25.
それ以外にも不安定な愛着がリスクとなる疾患は、
依存症(薬物、ギャンブル、セックス、ゲーム、インターネットなど)、希死念慮、解離性障害、原因不明の身体疾患、慢性疼痛、子への虐待、DV、いじめ、離婚、非婚、セックスレスなどがある。
★ 安定型愛着によって数学の能力が高まる。逆にオキシトシンの不足によって数字不安が起きる。
この傾向は、性別・年齢・IQに関係なく認められた。愛着の安定性が数学の成績に影響する割合は約2割である。
これは答えが見えない暗中模索の状況において成功を信じてやり抜く自信となり、就職活動や仕事上のプロジェクトの成功率にも関わる。
Maloney, Beilock, "Math anxiety: who has it, why it develops, and how to guard against it." Trends Cogn Sci. 2012 Aug; 16(8): 404-6.
★ 勉強やスポーツで叱ったり貶したりして自信を無くさせ、愛着にダメージを追わせるぐらいなら、何も教えない方が遥かに良い。
特に愛着の対象から受けた場合のダメージは大きい。
教育虐待は科挙の文化が強く残る東アジア圏でよく見られる。
東アジアで少子化が深刻なのは当然のことだと思う。
日本式添い寝は正しく、欧米式では回避性愛着障害のリスクとなる
<戦前は父権主義は普遍的に存在した>
20世紀前半までは欧米でも父権主義が強く残っていた。
子どもには精神の問題など存在せず、道徳的な躾の問題だけが存在すると思われていた。そのため鞭打ちが躾のために用いられていた。母親の愛情は子を独立させるのにはむしろ阻害要因になると考えられていた。精神分析も行動主義心理学も父権主義の影響が強く残っていた。
女性と子どもの地位向上は欧米でも戦後のことである。
<ルネ・スピッツの功績>
母親の愛情が不要という迷信がどうも間違いだということに気づき始めたのは、ウィニコットとアンナ・フロイトである。
しかし何も進展は無かった。
最初に明確に世に知らしめたのはアメリカの精神科医ルネ・スピッツである。それは第二次世界大戦中の膨大な孤児の観察から始まった。ユダヤ人であったためアメリカに亡命し、その後もアメリカで刑務所付属の乳児院や南米で養護施設で乳幼児の観察を行ってきた。
そこで分かったことは、養護施設職員がどんなに献身的に乳児のケアをしていても、犯罪者である母親に育てられた子よりも、酷い状況に陥っていった。
病気になるリスクは養護施設職員に育てられた方がかなり高く、言語、運動、社会性、生活能力全般に低下していた。
養護施設では2歳になっても一言も言葉が話せない子や歩けない子がたくさんいた。IQの平均は72しかなかった。
母親たちは亡くなったり、病気になったりと不運ではあったが、普通の母親たちであった。
一方、刑務所付属の乳児院で育った子は一般家庭と変わらないIQ105であった。
つまり「普通の母親から生まれて、母親に育ててもらえないよりも、犯罪者であっても母親の手で育ててもらえる方が幸運である」という事実をスピッツは明らかにした。
<ボウルビィの取り組み>
イギリスの精神科医ボウルビィは疎開児童に、反抗・非行・引きこもり・心身の不調が高頻度に見られることに気付いた。この特別な母との結び付きのことを、愛着(attachment)と言い始めたのはボウルビィである。
残念ながら、父権主義の強く残る戦中戦後では、スピッツもボウルビィも学会や専門家から嘲笑やバッシングを受けていた。
<ハーロウの実験>
アメリカの心理学者ハーロウは実験用のアカゲザルを飼育する過程で、親から離された子ザルはどんなに室温や栄養に配慮しても殆ど死んでしまうことを発見した。生き残った猿も無反応だったり、落ち着きなく常同行動を繰り返したり、重い障害を抱えていたりで、心理実験に使える状態には育たなかった。
しかし布切れを巻いた人形をケージに入れてやると子ザルはその人形に一日中つかまって過ごすようになった。これだけで健康や発達面は改善した。
子ザルの動きに反応して揺れるようにすると更に活気や発達は改善した。しかし実際の母ザルに育てられた子ザルに比べると明らかに病み、発達が悪く、社会性も身に付けられなかった。
この愛着という仕組みは霊長類だけではなく、哺乳類全般に認められる心理学的というよりも生物学的な生存戦略の仕組みである。
<エインスワースの功績>
アメリカ人心理学者エインスワースは、夫の転勤によって、イギリスにやってきてボウルビィの共同研究者になった。
イギリスだけでなく、アフリカのウガンダやアメリカのボルチモアでも、同じような調査研究を続けた。
母子間の愛着やそのタイプは、地域に関係なく、普遍性をもって観察された。
エインスワースを驚かせたのは、ウガンダではほとんどみられなかった回避型が、ボルチモアでは非常に多くみられたことである。
愛着のパターンにはかなり恒常性があり、一歳半の時点で安定型だった人は、成人した時点でも七割は安定型であり続けていた。
三割は途中から不安定型に変わったことになるが、それらのケースでは、虐待を受けたり、親と死に別れたり、両親が離婚したり、重い病にかかったり、といった過酷な体験が認められた。
愛着のパターンは、十代の後半には、愛着スタイルとして確立される。
エインスワースのもう一つの功績は、程良い応答性と共感性を持った母親が「安全基地(safe base)」となっていることを突き止めたことである。
<Harlowによるアカゲザルの実験>
動物実験に必要なアカゲザルをどうすれば繁殖させることができるのかという必要に迫られて始まった実験。
アカゲザルの赤ちゃんは親から引き離すと栄養を与えても殆ど生存できなかった。
金網でできたサルロボットはミルクをくれるが、タオル地を取り付けてあるサルロボットは何も与えてくれない。
アカゲザルの赤ちゃんがずっと抱きついていたのはタオル地のサルだった。
どうしても空腹になった時に布の母に抱き付きながら、隣の金属母から哺乳した。
犬や熊の縫いぐるみで脅すと布の母に助けを求めて抱きついた。
後に顔が動くように改良されたらより一層布母との愛着が増した。
同様の愛着による生存率の違いは人間でも南米やルーマニアの孤児院でも確認されている。
政情不安でスタッフの給与が払われなくなるとケアされなくなり乳児の生存率が極端に下がった。
毎日数回手でサッと撫でて回るだけで生存率は上がった。
しかし生き延びた児も殆どが重度の知的障害となった。愛着は知能すら左右するぐらい大きな後天的要素となる。
オキシトシンの作用
愛着を支えるホルモンがオキシトシンとバソプレシンで、特にオキシトシンの作用が大きい。
<オキシトシンの働き>
★ 育児や世話といった母性本能を高める。
★ 絆を維持することに必須。社会性を高め、親密さを感じたり、寛容で優しい気持ちにさせる役割を果たしている。
オキシトシンがうまく働かないと、特別な結びつきは失われ、つがい関係が壊れたり、育児放棄をしたりする。
★ ストレスや不安を和らげる作用がある。
逆に不足すると幸福度が低下するだけでなく、ストレス・ホルモンの分泌が亢進し、心身の病気になりやすくなる。
★ 落ち着きを高める働きがある。不足すると多動や不注意が増える。
★ 作用が不足すると知的発達が遅れていく。
★ 作用が不足すると免疫能を低下させる。
★ 作用が不足すると成長ホルモン分泌不全が起こる。
(特に愛情遮断症候群は完全に身長の伸びが伸びが止まることがある。)
★ 愛情をかけられなかった子の多くが早く亡くなってしまう。生き残っても酷い成長障害や発達障害を起こす。
心理的な要因からだけではない。オキシトシンによって支えられた愛着の仕組みは、まさに成長や生存を守る命の土台である。
★ オキシトシンはたくさん分泌されても、受容体が少ないと十分作用しない。
分泌量よりも受容体の数の方が重要。
分離不安が強まるような状況ではオキシトシンの過剰な放出が起きやすい。
特に不安型の人は親との別離を経験するとオキシトシンの過剰放出が起こる。
★ 不安定愛着スタイルの人ではオキシトシン受容体の数が少ない。(オキシトシンの分泌量ではない。)
★ オキシトシン受容体が少なくなる原因として、不適切な養育を受けたことよりも、愛着が不安定であることの影響が強い。
★ 安定した愛着スタイルを手に入れている人は、成人後に鬱になるリスクが低かった。
★ 親子の研究では、親子間での感情が同期するほど、親子ともオキシトシン濃度が上昇した。
愛着障害の分類
10代後半には愛着スタイルが概ね完成する。
A。安定型愛着スタイル
B。不安定型愛着スタイル
1。不安型(両価型)
2。回避型
2-1。狭義の回避型。内気で自己主張は少なく、人との積極的な接触を好まず、抑制的に振舞う。
解離性障害を合併すると統合失調症と診断されている例も多い。
2-2。自己愛型。傲慢で共感性に欠け、相手を見下し、態度は居丈高で、相手を力や理屈でねじ伏せようとする。
自己愛性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害を含む。
3。無秩序型
4。未解決型