善と悪のルーツ
儒教では「性善説」や「性悪説」という考えがあるが、倫理や道徳では答えは出ない。
今は生物学から簡単に答えが導ける。「性善説」も「性悪説」も間違いで「善も悪も両方持っている」が正しい。
同種同士互いに助け合うのはホモサピエンスの種の保存のため、同種間で互いに争うのは利己的に自分個人の遺伝子を残すためである。この2つの性質は矛盾しない。(時に自分の中で矛盾したように感じるときはあるが。)
自分という個体は種のメンバーでもある。
社会的地位が高く、お金持ちの方が多くの子孫をより未来までたくさん残せる確率が高くなる。お金持ちの中には搾取を繰り返して這い上がった人いれば、多くの場面で課せられた競争に勝ち上がった人もいるだろう。
また社会的勝者を賞賛する人もいれば、あからさまに蹴落としていった勝者に対して悪徳の偽善者と罵る人もいる。(カーネギーホールやノーベル賞を作った人が生前どのような評価を受けていたか調べて見ると良い。)
一方で他人を助ける行為は善として賞賛されることが多い。個体数が少なかったホモサピエンスは種の個体数が増えることは歴史的に善だったからである。我々はそう感じるように選択された個体の子孫だからそう感じるのである。
動物保護活動家は賞賛されることもあるが、動物好きの人以外からは比較的無関心で賞賛の対象になりにくい。ホモサピエンスの歴史で動物が単なる捕食対象で無くなったのは、この5〜6万年のことである。ホモサピエンスが捕食者となった180万年の歴史の短い一部分でしか無い。全ての種に絶えず掛かっていた選択圧によってこの無関心な個体が多くなった。ホモサピエンスも異種を殺して排除しても憐憫の情を持ちにくい動物種の一つであった。
そのためホモサピエンスは異種である牛を殺して、その肉を食べても、それは種が違うため悪とはされていないし、涙する人も殆どいない。
しかしホモサピエンスが同種を殺害すると「最大の悪」だと多くの人が感じて、罰せられる。
この「悪」のルーツはどこからやって来たのか?
この答えに挑んだスペインの研究者José María Gómezらが2016年にNatureに論文を投稿したので、それを紹介したい。
(2021/05/27 管理者作成)
<人間の致命的な暴力の系統発生的ルーツ>
<Abstract>
人間における同種の暴力の心理的、社会学的、進化的ルーツは、2千年以上にわたって知識人の注目を集めているにもかかわらず、依然として議論されています。
ここでは、人間を含む哺乳類の攻撃性が重要な系統学的要素を持っているという仮定に基づいて、これらのルーツを理解するための概念的なアプローチを提案します。
哺乳類の包括的なサンプルから死亡率のソースを編集することにより、同種による死亡の割合を評価し、系統学的比較ツールを使用して、人間のこの値を予測しました。
系統発生的に対人暴力によって引き起こされると予測された人間の死亡の割合は2%でした。
この値は、霊長類と類人猿の進化の祖先について系統発生的に推測された値と類似しており、哺乳類の系統発生における私たちの立場のために、ある程度の致命的な暴力が発生することを示しています。
また、先史時代や部族で見られた割合と同様であり、一般的な哺乳類の進化の歴史が予測するのと同じくらい致命的な暴力を振るっていたことを示しています。
しかし、致命的な暴力のレベルは人類の歴史を通じて変化しており、人類の社会政治的組織の変化と関連している可能性があります。
私たちの研究は、私たちの歴史を通して観察された致命的な暴力のレベルを比較するための詳細な系統発生的および歴史的背景を提供します。
<図1> 哺乳類1024種のうち赤いバーの付いた哺乳類ほど個体数当たりの同類殺害件数が多い。霊長類は円の左上。
2016年にスペインの研究者ゴメス氏(José María Gómez)の研究グループが、現在生息する哺乳類1024種の死亡原因400万件を分析して、哺乳類の同類殺害についての調査を行った。
哺乳類1024種のうち約40%で致死的な暴力が確認された。
<図2> 動物名と同種による死亡率が高かったトップ10と割合のグラフ。
(現在のミーアキャットは5匹に1匹は同種から殺されていて、先史時代のホモサピエンスは2%、つまり100人中2名が同種から殺されていた。)
死亡の多くは幼少期の病死や餓死や捕食されることが原因で、食物連鎖の頂点にいるライオンでも成獣になれるのは3匹に1匹程度で、ホモサピエンスでも19世紀は3人に1人しか成人になれなかった。
成獣になってからも草食動物は捕食されることと病死が多い。肉食獣でも病死や戦って死ぬことは多く、老衰で死ぬ個体はかなり少ない。
一番多いのはミーアキャットで19.36%、死亡5匹のうち1匹は同種に襲われたことが死因になっている。
肉食動物ではアシカが高く15.31%、ライオン13.27%、オオカミ12.81%、ピューマ11.73%、ヒグマ9.72%です。
意外なことに平和そうに見えるリス・ウマ・シカ・ガゼルなども50位以内に入っている。
率は低いがハムスターやイルカでも観察されたことがある。
霊長類(人類、類人猿、サル、キツネザル)は哺乳類の中では暴力的で、霊長類の共通祖先では2.3%、類人猿の祖先では1.8%と推定されている。
コンゴ川の出現によって地理的に分けられた我々に最も近い2種であるチンパンジーは4.49%で、ボノボは0.68%とかなり近いルーツを持ち、どちらも乱婚型コミュニティを作りながら性格はかなり違う。
ホモサピエンスは2%とその中間である。700万年前にチンパンジー達と別れる前の共通祖先はハーレム型の婚姻関係だった。今のエチオピア辺りに移住しアルディピテクス・ラミダス(アウストラロピテクスの100万年ぐらい前の直接の祖先)となった400万年前から一夫一妻型が始まった。
ハーレム型の婚姻形態を取るゴリラでもニシゴリラは0.14%と温和だが、ヒガシゴリラは5.0%と暴力的。
強いオス同士が戦いに明け暮れるハーレム型霊長類だけが同種殺害が突出しているわけでは無い。
霊長類は5〜6万年前まで互いのグループ以外とは交流を殆ど持たない、つまり縄張りからあまり出ることが無い暮らしをしていた。元々ハーレム型のゴリラだけで無く、乱婚型のチンパンジーもグループ外とは乱婚では無い。ホモサピエンスも捕食者となった以降もコミュニティのサイズはせいぜい100名以下(多くの場合、10〜30名程度)であった。このため現代になってもSNSで定期的に交流できる人数は170名程度が上限という研究結果が出ている。狩猟採集生活ではこれより多くのメンバーを記憶する必要が無かったため、これ以上の人数は困難なことが多いのである。
近代までアフリカでは自分の部族の領地以外からは殆ど出ずに暮らし人が多かった。このため、アフリカには今でも大きな遺伝子多様性が保たれている。アフリカ大陸以外の世界中の遺伝子多様性は、アフリカ人の遺伝子多様性よりもかなり小さい。
逆に平和的だったのは、コウモリ、クジラ、ウサギなどの動物で、これらは暴力的な行為は殆ど見られなかった。
動物同士の争いが起きる原因はオス同士の争いもあるが、ライオンなどで有名な子殺しが起きることが多いようで、ミーアキャットや霊長類もこのパターンが多い。
Gómez氏によればホモサピエンスが登場した20〜25万年前以降は同種殺害は死亡の約2%と推測している。
ホモサピエンスは草食動物も含めた哺乳類の中では同種殺害が多い種で、霊長類の中ではやや少ない。
ホモサピエンスの同種殺害率は時代によって変動し、旧石器時代は約3.4~3.9%、戦いが激しかった中世は約12%、その後は下がり続け、現代の米国でも約0.005%。現代の日本なら約0.0002%である。
この研究では戦争中が含まれる20世紀でも1.33%と低めだが、100年単位で集計されているので、戦争中だけ計算すればかなり高くなるかも知れないが、平均寿命より短い期間で計算すると不自然な数字になる。
多くの哺乳類や霊長類ではメスに自分の子を産ませるためや、同種のライバルとなって、縄張りが侵食されないように子殺しが一般的なタイプにもかかわらず、ホモサピエンスでは滅多に子殺しが起きないが特異的なことと言える。
善も悪も種の保存の過程で生まれた価値観で、多くの動物の種に共通している嬉しい・悲しいという感情と同質である。
嬉しくまたは悲しく感じるように数億年の淘汰圧によって、現存するほぼ全ての種の遺伝子の中に組み込まれているのである。
The phylogenetic roots of human lethal violence
José María Gómez, Miguel Verdú, Adela González-Megías & Marcos Méndez
Nature volume 538, pages 233–237 (2016)
https://www.nature.com/articles/nature19758
Abstract
The psychological, sociological and evolutionary roots of conspecific violence in humans are still debated, despite attracting the attention of intellectuals for over two millennia1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11. Here we propose a conceptual approach towards understanding these roots based on the assumption that aggression in mammals, including humans, has a significant phylogenetic component. By compiling sources of mortality from a comprehensive sample of mammals, we assessed the percentage of deaths due to conspecifics and, using phylogenetic comparative tools, predicted this value for humans. The proportion of human deaths phylogenetically predicted to be caused by interpersonal violence stood at 2%. This value was similar to the one phylogenetically inferred for the evolutionary ancestor of primates and apes, indicating that a certain level of lethal violence arises owing to our position within the phylogeny of mammals. It was also similar to the percentage seen in prehistoric bands and tribes, indicating that we were as lethally violent then as common mammalian evolutionary history would predict. However, the level of lethal violence has changed through human history and can be associated with changes in the socio-political organization of human populations. Our study provides a detailed phylogenetic and historical context against which to compare levels of lethal violence observed throughout our history.
私見だが、おそらく第三次世界大戦は起きないと思う。(実際には戦争が起きた方が100万年後にホモサピエンスの子孫が生き残っている確率が高くなると思う。今の状態は地球に負荷が掛かりすぎて、他の動植物だけでなく、ホモサピエンスも絶滅に向かっていると思う。個人的には乗り越えると思っているが危機的な人口まで減るだろう。)
また将来、例えば100年後に水や食料が無くなってもホモサピエンスがチンパンジーのように殺し合うことは無いだろう。(局地的な戦争は起きるだろうが、世界全体が修羅の国のようになることは無いと思う。)
数万年という単位で見ると一夫一妻型は更に進行し、男女の体格差は無くなっていき、好戦的な人は(性的選択圧によって)遺伝子を残さなくなるだろう。
更に500〜600万年後にはホモサピエンスの男は不安定なY染色体を次第に失い、女性との立場は逆転し、場合によっては男は不要となってX染色体や常染色体の上に胎盤を作る遺伝子や精子を作る遺伝子を引っ越しさせているかも知れない。
(数万年後には胎盤で子を作るということを放棄しているかも知れない。)
もしくは哺乳類だけが胎盤を手に入れると同時に失った単為生殖を可能にして、男は絶滅しているかも知れない。
こういった大きな進化は大量絶滅と必ずセットになっている。大量絶滅が進行中の今、大きな進化は遠くない将来にやって来る。早ければ500〜1000年後、遅くとも1万年以内にはこういった進化がやって来るはずだ。但し、ホモサピエンスが絶滅しなければという前提が必要だが。
若い人に伝えたいことは、以下の3点。
★過去を知れば知るほど、遠くの未来が見通せるようになるようになる。
★たくさんの生物を知れば知るほど、ホモサピエンスの性質が分かる。
★我々ホモサピエンスは驚くほど動物である。前頭葉が大きくなっただけの動物の一種でしかないと気付くと思う。
知識は遠くを見るための武器になるのだ。色々貪欲に学んで欲しい。