<ムンプス(おたふく)>
<ムンプスワクチンの利点>
・ムンプスワクチンによって軽い耳下腺腫脹を起こすことが2%程度ありますが、
自然感染では70%以上と高率で腫脹もより高度です。
・ワクチン接種後14~19日目頃、平均2.4日間、38℃前後の発熱例が2%に見られます。
自然感染では顕性感染の80%、不顕性感染を合わせても50%以上の患者が発熱(多くは38℃台が1~6日間)し
40℃以上の高熱例もあります。
・ムンプスワクチンによって無菌性髄膜炎を起こすことが2000人に1人程度ありますが、自然感染では20人に1人と高率です。
ワクチン接種後、21日目頃に長引く発熱、頭痛、嘔吐があればワクチン株による無菌性髄膜炎を疑います。
因みにムンプスワクチンによる無菌性髄膜炎は予後良好でまず死ぬことはありません。
(欧米で広く使用されているJeryl Lynn株は髄膜炎合併率が80万人に1例と日本のワクチンより低率です。
しかし自然感染より日本のワクチンの方が100倍安全なのです。)
・ムンプスワクチンによって脳炎/脳症になることが25万人に1人ありますが、自然感染では5000人に1人と高率です。
脳炎/脳症は髄膜炎と違って予後不良な疾患です。死んだり後遺症を残したりします。
・ムンプスワクチンによって難聴になった報告はありません。自然感染では1000~15000人に1人は片耳の聴力を失います。
・ムンプスワクチンによって睾丸炎になった報告はありません。自然感染では4人に1人が睾丸炎になり睾丸が萎縮します。
・ムンプスワクチンによって乳腺炎になった報告はありません。自然感染では3人に1人が乳腺炎を起こします。
・ムンプスワクチンによって卵巣炎になった報告はありません。自然感染では20人に1人が卵巣炎を起こします。
・ムンプスワクチンによって膵炎になった報告はありません。自然感染では25人に1人が膵炎になります。
・2歳以下では不顕性感染が多く、逆に4歳を過ぎると症状が強く出ます。特に思春期以降は症状がひどいので
できれば1歳代に、遅くとも3歳の誕生日までには接種を受けましょう。
・不顕性感染者にワクチンを打っても副反応が増強することはありません。
むしろブースター効果によって、より強い免疫が付きます。
感染がはっきりしない場合は、抗体価を調べるより直接ワクチンを接種することをお勧めします。
・2歳までに85~90%の児がワクチンを受けると地域での流行を阻止できると試算されていますが、
現在任意接種であるために接種率が低く、流行が抑制できていません。
・麻疹と水痘では患者と接触後72時間以内にワクチン接種を行えば感染予防効果はあります。
麻疹ではγグロブリン投与を、水痘では水痘高単位γグロブリン投与を接触後72時間以内に行えば発症予防効果があります。
しかしムンプスではワクチンの緊急接種やγグロブリン投与は無効です。
・株に依らずワクチンによる抗体獲得率は90~95%程度で、実際の臨床的有効率は日本で普及している3種類の株では78%です。
ムンプスワクチンを接種しても抗体が十分上昇しない人が数%いることと、一度付いた免疫が年余に渡り減衰することから
ワクチン接種歴があってもムンプス流行時に耳下腺腫脹を来すことがあります。
しかしワクチン接種者の症状は一般的に軽く、唾液中からウイルスを撒き散らすことも少ないと報告されています。
・ムンプスワクチンは世界の80カ国以上で行われています。
このうち1回接種の国で発症率を88%減少させ、2回接種の国では99%発症を減少させています。
血清型は1種類しかなく、ヒト以外には感染しません。
ムンプスウイルスは抗原性の変異が少なく、現行のワクチン株で流行株の感染が予防できます。
この有効率の高さと人畜共通感染症ではないことから、
WHOはポリオ根絶計画、麻疹コントロール計画の次の目標として風疹とムンプスを候補にしています。
<ムンプスウイルスとムンプスの臨床症状>
感染経路は主として飛沫感染で、人のみを宿主とします。
上気道と所属リンパ節で増殖し、その後、ウイルス血症となって腺組織(唾液腺、睾丸、膵、卵巣、甲状腺、乳腺等)
と神経組織へと感染します。
ウイルスの感染から耳下腺腫脹までの潜伏期は12~25日(通常16~18日)です。
ウイルス血症の時期に前駆症状として発熱、筋肉痛、頚部痛を認めることもありますが小児では稀です。
ウイルス血症の持続は3~5日で、その数日後に有痛性耳下腺腫脹を来します。
腫脹部位は疼痛があり、酸味や咀嚼行為で疼痛が増強します。
耳下腺腫脹は第1~3病日にピークとなり、その後3~7日かけてゆっくり消退します。
頭痛、倦怠感、食欲低下を伴うことがあります。
ウイルスの排泄は唾液、血液、尿、便、髄液、乳汁に認められます。
発熱は38℃台程度までが多く、40℃以上は稀です。
発熱の持続は1~6日間で耳下腺の腫脹が消失する前に解熱します。
特に感染源となる唾液中のウイルスは耳下腺腫脹の7日前から腫脹後9日頃まで認められますが、
感染性は耳下腺腫脹開始の前後がピークで、通常感染性があるのは腫脹3日前から第4病日頃までです。
両側の耳下腺腫脹は75%の症例に認め、片側性や顎下腺、舌下腺腫脹のケースは25%です。腫脹期間は通常6~10日間です。
両側性の耳下腺腫脹でも最初は一側性で、1~2日後に他側が腫れてくることが多く、
最長16日差で両側性になったケースが報告されています。
冬から春にかけて流行することが多く、4年周期で大きな流行があります。
罹患中心年齢は3~7歳(好発時期4~5歳)で、2歳以下の幼児では不顕性感染が多く、
4歳を過ぎると殆どの症例が定型的な耳下腺炎として発症します。
全年齢を平均化した顕性感染率は70%です。不顕性感染率は約30%です。
顕性感染者の約20%は全く発熱がなく、耳下腺等の腫脹のみです。
不顕性患者も唾液中にウイルスを排泄しており感染源になります。
<自然感染したムンプスの合併症>
・ムンプスの自然感染による髄膜炎合併率は2~10%で、死亡率は低く予後良好です。
髄膜刺激症状がなくても、髄液検査を行うと約50%の患者に髄液細胞数の増多があります。
・少なくとも2万人に1例以上、おそらく1000~15000人に1例の割合で不可逆性難聴を合併します。
(日本における35000人を対象とした調査で500人に1人、別の研究で200人に1人という調査結果も存在し、
もっと高率である可能性もあります。)
通常、片側性で障害は高度ですが、両側性で聾唖者になることは稀です。
中耳から内耳へと炎症と破壊が進み、一昼夜程度で一気に聾まで進行します。一般に軽い前庭障害も伴います。
突発性難聴や外リンパ瘻と違い、今のところ治療方法はありません。
難聴になるムンプス患者は総数では小児が多いですが、20~30歳代では難聴になるリスクが小児より高い。
・脳炎/脳症は5000人に1人と稀ですが予後不良です。
・ワクチン未接種者の無菌性髄膜炎の27%、脳炎の5%がムンプスによるものです。
北米ではムンプスワクチンが定期接種に組み込まれてからムンプス患者が激減し、
北米では無菌性髄膜炎患者の原因ウイルスのうちムンプスは30%程度から約2%にまで減少した結果、
無菌性髄膜炎患者の85%はエンテロウイルスによるものとなりました。
・ムンプスによる髄膜炎は耳下腺腫脹前10日~腫脹後26日と幅広い範囲に渡って起こっています。
耳下腺腫脹の平均1~3日後に髄膜炎発症時期のピークがあります。
髄膜炎好発年齢は4.6歳と流行性耳下腺炎の好発年齢とほぼ同じです。
・男性の睾丸炎は10歳以降に起こり得ます。思春期以降の罹患者の25%に合併します。
その80%は片側のみ腫脹し、両側性は20%です。治癒後に睾丸が萎縮することがありますが不妊となることは稀です。
・女性では乳腺炎を30%、卵巣炎を5%の罹患者に合併します。
・ムンプスによる奇形症候群は報告されていません。しかし妊娠初期に罹患すると胎児は流産します。
従って妊婦への接種は禁忌です。ワクチン接種後、3ヶ月間は避妊が必要です。
<ムンプスの鑑別診断>
・細菌性耳下腺炎
・反復性耳下腺炎
・唾液腺石
・他のウイルス感染
コクサッキー
パラインフルエンザ
インフルエンザ
・シェーグレン症候群
・化膿性頚部リンパ節炎
ムンプスでは通常血清や尿中のアミラーゼは300U/l以上の高値になりますが、
ムンプスウイルスが感染していても耳下腺が侵されず、顎下腺や舌下腺の腫脹例ではアミラーゼ値の上昇が少ないケースもあります。
一般的に児童の耳下部腫脹(時に頚部腫脹が混在している)を来し、親がムンプスだろうと判断した場合や、
時には医師がムンプス抗体価の確認をせずに臨床症状からムンプスと診断したケースのうち
8%程度は上記疾患が混入していて、その後にムンプスを発症することがあります。
既往がはっきりしない場合はブースター効果も期待できることからワクチン接種を積極的に行うべきです。