<麻疹>
<麻疹ワクチンの利点>
麻疹は昔から死亡率が高い疾患として知られており、日本では「命定め」、
フランスでは「子供の自慢は麻疹が済んでからするように」と言われるほどでした。
日本における死亡者数はワクチンの普及によって過去50年間で激減し、
抗生剤によって二次性の細菌感染症が治療可能になったことから更に死亡率が低下しましたが、
近年でも毎年20~50例前後の死亡例が報告される重症疾患です。
成人や移植患者が麻疹に罹患した場合には重症化する傾向があります。
・麻疹に自然感染すると肺炎、中耳炎、扁桃炎等の細菌感染症を合併することが高率に起こりますが、
ワクチンではこういった副反応は起きません。
・麻疹に不顕性感染はありません。自然感染するとほぼ全員が38.5~41℃の高熱を出し解熱するのに1週間程度かかります。
ワクチンの副反応では、15~20%程度の人に1~2日間38℃前後の微熱が出る程度で済みます。
・麻疹ワクチンによって脳炎/脳症になる人が300万人に1人程度いますが、
自然感染すると1000人に1人とリスクは3000倍も高くなります。
・麻疹ワクチン接種によってSSPE(免疫を逃れた麻疹ウイルスが5~10年かけて脳で増殖し、発症すると1~2年で死ぬ疾患)になる人は
100万人に1人以下ですが、自然感染すると100万人中8~10人とリスクは約10倍高くなります。
<麻疹ウイルスと麻疹の臨床症状>
1歳代で感染することが最も多く通常春から夏にかけて流行します。
麻疹による入院児の約20%が0歳であり、1歳児が約35%です。
麻疹の潜伏期間は9日~12日間で、その後前駆期(カタル期)として
38~39℃前後の熱、咳嗽、鼻漏、くしゃみなどの上気道症状と結膜炎症状を2~4日間発症し、
その後、一旦解熱もしくは微熱となります。
そしてすぐに発疹が顔面、体幹部、四肢に出現し、前後して39~40℃以上の高熱が再発します。
発疹出現前後の口腔内には白色小斑点(Koplik斑)がみられます。
発疹出現後4日程度で解熱し回復します。
発熱期間は合計7~10日程度になります。
麻疹に一度罹患すると終生免疫を獲得しますが、ごく稀に持続感染の報告があります。
麻疹ウイルスは伝播力がきわめて強く、ヒトからヒトへ飛沫感染および空気感染します。
また発症率も高く、抗体陰性のヒトが曝露を受けるとほぼ100%顕性感染として発症します。
麻疹ウイルスはカタル期において涙液、唾液中に大量に排出されます。
麻疹と診断されたときには、既に周囲にウイルスを拡散している可能性が高く問題となります。
<自然感染した麻疹の合併症>
・脳炎/脳症の合併率は1000人に1人(約0.1%)で予後不良です。年長児に多く好発時期は発疹出現後です。
・SSPE(亜急性硬化性全脳炎)が麻疹患者10万人に1人程度起きます。
麻疹罹患年齢が高いほどSSPEの発症リスクが高い。男性が2倍多く、潜伏期は平均7年です。
免疫機構を逃れた変異麻疹ウイルスがゆっくり脳で増殖します。
行動や性格の変化という初発症状から始まり、学力低下→易転倒性→歩行困難と進行し、
脳の全機能が障害され発症から1~2年で死亡する予後不良の疾患です。
・麻疹罹患中から解熱後も1~2週間以上は免疫が強く抑制されるため
経過中、肺炎、中耳炎、扁桃炎等の細菌感染症を合併することが高率に起きます。
また麻疹ウイルス自体による一次性肺炎を来すことも多く、肺炎が大きな死因となります。
<麻疹ワクチンの副反応>
・接種後1日以内の蕁麻疹が約3%に起きます。
・接種後2日以内の接種部位の発赤・腫脹が約3~4%に起きます。
・接種後5~11日目(特に接種後7~9日)に38℃程度の発熱が約15~20%程度に起きます。
・接種後7~11日目に発疹が約4~10%程度に見られます。
・接種後、0.34%の人に痙攣が起きます。このうち約90%は発熱を伴う熱性痙攣です。
・接種後5~10年経ってから0.5~1/100万人程度にSSPE(亜急性硬化性全脳炎)が起きます。
・接種によって0.3/100万人程度が脳炎を発症します。
・卵アレルギーがある児(臨床症状があるかIgE-RAST scoreが3以上で除去中の児)では100倍希釈液を皮内テストし、
15分後に膨疹が出なければワクチンを接種できます。決して打てない訳ではありません。
<麻疹ワクチンの接種率>
日本においては2006年まで、予防接種法に基づき生後12~90カ月未満での麻疹ワクチン1 回接種が行われていましたが、
1歳児と2歳児における接種率はそれぞれ50.0%、78.8%と低いことが報告されています。
2006年から始まったMRワクチンでも1歳児の接種率は70~80%のままで、就学前の接種率は30%程度と極めて低く、
流行を防ぐために必要とされる90%以上の接種率には程遠い状況です。
接種6~8週後の抗体陽性率は95%以上と良好です。
欧米では小学校に入るために、所定のワクチンを打っていないと入学が許可されない国が多いため
90%以上の高い接種率を維持できており、麻疹の流行は殆どありません。
アメリカでは麻疹患者の多くはハワイで発生しており、日本人が感染源となっています。
<いつ麻疹ワクチンを受けるべきか?>
麻疹罹患歴のある母親から生まれた乳児の麻疹抗体価の研究では、母体の抗体価が低かった例では月齢3で抗体が消失しています。
実際、月齢3頃からの麻疹感染例があり、1歳未満の麻疹感染例も多く麻疹による入院例の約20%を占めます。
平均的に月齢4~6頃に麻疹抗体は消失します。
母体の麻疹抗体価が高い例でも月齢9頃に児から抗体が検出されることは殆どありません。
母体が麻疹ワクチンのみで免疫されている場合は、これらのケースより確実に短期間で抗体が消失します。
従って流行の状況によっては乳児期に任意接種(有料)で麻疹ワクチンを接種することを勧めます。
ただし乳児期の接種は多くの場合有効ですが、1歳以降の接種に比べて抗体価の上昇が弱いことが多い。
この場合でも勿論1歳以降のMRワクチンはブースター効果が期待でき、1歳以降の定期接種は積極的にするべきです。
生ワクチンといっても先進国のように流行がなければ効果は10年程度でかなり減弱するため
欧米では(国によって決められた年齢が異なるが)4~12歳頃に2回目の接種が義務付けられています。
日本でも2006年4月からMRワクチンとして学童期直前の5~6歳児に2回目の接種を行うことになりました。
2007年の春~初夏に関東の10代~20代の若者に麻疹が流行したのも、現代の若者は幼児期に1回接種しただけですから
10年以上経過して免疫が減弱しており、また日本では麻疹ワクチンを受けない人が20%程度もいるためです。
ワクチン未接種の成人感染者は一般的に重症化しますが、ワクチン接種済みの感染者は”修飾麻疹”と呼ばれ軽症です。
<修飾麻疹>
発疹は通常全身に出ます。しかし数は少なく程度も軽い。色素沈着も軽いか全くありません。
発熱の程度も軽く40℃を越えることは稀です。修飾麻疹の1/4程度はコプリック斑が全く出ません。
コプリック斑がないケースでは発熱は3日程度です。
コプリック斑が強いケースでは発熱は5~6日程度です。
二峰目の発熱はないか軽い。
麻疹の流行時には9%の修飾麻疹が見られました。その多くが接種から5年以上経過した例です。
残念ながら修飾麻疹でも脳炎合併例の報告があります。