2005年に書かれた「アメリカにおける母乳保育への取り組み」を2007年に読み、書き留めておこうと、Google Page Creator で作り始めたのが、このサイトの始まりです。
2016年にはLinkが切れていて、最新版が見つかりませんでした。
<アメリカにおける母乳保育への取り組み>
アメリカでは1950~1970年に(混合栄養も含めた)母乳哺育率が出生直後で30%未満、6生月で10%未満という状態でした。粉ミルク会社が販売促進のため産婦人科内で試供品を配布する習慣が浸透したこともあって、1970年代には母乳育児の比率が25%まで落ち込みました。
また小児虐待、少年犯罪の増加、肥満が社会問題になっていたこともあり、
アメリカ小児科学会(以下AAPと略す。)は大統領を先頭に母乳保育普及運動を推進しました。
その結果、1990年には出生直後の(混合栄養も含めた)母乳保育率が60%、6生月時に20%まで回復しました。
母乳が新生児の免疫強化や肥満防止に効果的と確認され、母乳を再評価する機運が高まりました。特にアメリカ小児科学会(AAP)が1997年に公式サイトに掲載した母乳哺育への取り組みには強い決意が表明され、最近では院内での粉ミルク提供を禁止する病院も増えてきました。
米疾病対策センター(CDC)が2007年8月に最新の統計を発表しました。
2004年に生まれた新生児に母親が母乳を与えた比率は74%と、
調査を始めた1950年代以降で過去最高を記録しました。(最低だった1970年代の約3倍です。) しかし、完全に母乳だけで生後3カ月間育児する母親は全体の31%、6カ月間では11%に留まります。 アメリカ小児科学会では現在も普及運動を続けています。
(筆者注:但しアメリカでは母乳育児とされている者のうち殆どが混合栄養である。)
(筆者注:日本でも1970年に完全母乳保育率は月齢4で30%と最低を記録したが、その後45%まで回復した。混合栄養と合わせると90%程度が続いている。)
で表明されているAAP policyを以下に訳す。
(2010年版に掲載された
http://aappolicy.aappublications.org/cgi/content/full/pediatrics%3b108/3/776
もご覧ください。)
<母乳栄養の必要性>
1.完全母乳栄養は乳児にとって健康面、発達面で短期的利点だけでなく、長期的利点をもたらす。
特に早産児では人工乳栄養に比べて母乳は感染防御と発達面で多大な利益をもたらす。
2.途上国だけでなく、先進国でも乳児の感染性疾患が減る。
消化器感染症、呼吸器感染症、中耳炎、敗血症、化膿性髄膜炎、ボツリヌス感染、尿路感染症、
壊死性腸炎が減るという強い証拠がある。
アメリカにおいて母乳栄養児の乳児死亡率は、人工乳栄養児の死亡率より21%低い。
授乳期間が長いほど、乳児死亡率が低下する。
(筆者注:日本における統計でも感染症全体でも1/3に、消化器感染症については1/10に減らすとされています。
先進国におけるメタアナリシスでは、呼吸器感染症によって入院するリスクは
人工乳栄養児に対して、4ヶ月以上に渡る母乳栄養児では0.28倍と有意に少ない。)
3.1歳未満の乳幼児突然死症候群が減る。
4.1型および2型糖尿病、悪性リンパ腫、白血病、ホジキン病、肥満、高脂血症が減る。
(筆者注:97年版ではクローン病、潰瘍性大腸炎も減らすと明記されていたが、
一般の人に馴染みのない疾患であるため2005年版では外された。
哺乳期間が長いほどこれらの疾病予防効果が大きい。
A) 胎生期の低栄養→子宮内発育遅延→出生後の急激なcatch-up→肥満 (このコースはオランダの疫学調査で有名です。)
B) 胎生期の過栄養状態→巨大児→成人後の肥満や2型糖尿病の発症頻度上昇、
C) 生後に過栄養で肥満児、過脂肪状態になった児→インスリン抵抗性→糖尿病発症頻度の上昇
という肥満や糖尿病に至る3つのストーリーのうち 子宮内の過栄養より生後の過栄養の方が影響が大きいという結果があり、
母乳栄養で肥満が減ることは間違いない事実ですが、これらをどの程度改善するかは研究中です。
1型糖尿病について母乳育児の期間が短く月齢3~4以内に人工乳にすると発症リスクが上昇する。
小児の牛乳消費量と1型糖尿病発生率との間に高い正相関が示されている。
1型糖尿病患者の血清中に牛乳構成タンパクに対して高い抗体価が認められる。
牛乳のアルブミンと膵島自己抗原は化学構造上の類似性がある。)
5.喘息が減る。
6.認知機能の発達を促進する。
(筆者注:早産児では直接哺乳でなくとも、経管栄養で母乳が与えられても認知発達促進効果が認められています。
母乳の成分自体に脳の発達を促す物質があるようです。
また早産児で母乳保育を試み失敗した母親のグループと、最初から人工乳を選択したグループで
子のIQに有意差がなかったという報告があります。
これは母親の母乳育児への取り組む姿勢が違っても、即ち家庭環境が違っても結果的に早産児を人工乳で育てると
発達は同程度になる可能性を示唆しています。)
7.新生児期に行われる踵からの採血のような検査に伴う疼痛を緩和する。
8.オキシトシンの分泌が増え、産後の母親の性器出血を減らし子宮収縮を促進する。
母乳を与えている母親は、人工乳栄養児の母親より早く妊娠前の体重に戻る。
授乳期のホルモン代謝により閉経後の骨粗鬆症のリスクが減る。
また卵巣癌や乳癌のリスクも減らす。
9.これらの母児の健康への寄与により、アメリカで年間に36億ドル(=4000億円以上)の経済的節約になる。
10.子供が頻回に病気にならないため両親は欠勤しなくて済むという社会経済的利点がある。
また環境にとってゴミになる人工乳の缶やボトルを減らすことができ、
人工栄養の生産と輸送に必要なエネルギーを減らすことができる。
これらの節約は、内科医にかかるコストの増加分、母乳に関する相談、オフィスを訪れる時間の増加分、
搾乳のコストを相殺しうる。
またこれらをカバーする医療保険に加入すべきである。
<授乳禁忌となる場合>
1.乳児が古典的ガラクトセミア患者である場合、
2.母親が結核罹患中である場合、
3.母親がHTLV-1もしくはHTLV-2陽性で、診断か治療のために放射性同位元素を使用し、それが母乳に分泌されている間、
(筆者注:日本では九州地方を中心にHTLV-1陽性のキャリアが約100万人存在します。
HTLV-1は主に母乳を介して感染し、40~50年の潜伏期の後にキャリアの2~5%がATLを発症します。
ATLは一旦発症すると難治性ですが、95%以上の人は健康キャリアのまま障害を終えます。
母親に対して、次の情報を提示し、母乳育児の選択を決定してもらう必要があります。
A) HTLV-1母子感染率は母乳栄養で6.1~12.8%、人工栄養で2.9~5.7%である。
B) 児にHTLV-1が感染しても小児期は全く無症候である。
C) ATLの年間発症率はHTLV-1キャリア1400人に1人、生涯発症率も2~5%と低い。
D) 母乳保育は他の感染防止に有利である。
E) 母乳の56℃30分加熱や、-20℃12時間凍結によってウイルス感染細胞は破壊され、HTLV-1の感染性は消失する。
F) 授乳期間の短い母乳栄養児では完全母乳栄養児より感染率が低い。
児に移行した抗HTLV-1抗体は早ければ3ヶ月で血中から消失するため、授乳を3ヶ月未満に限る。
この短期母乳栄養法は、人工栄養児に比べてHTLV-1母子感染率に差がないという報告がある。)
4.母親が代謝阻害剤や抗ガン剤を使用している場合、これらが母乳中に分泌されなくなるまでの間、
5.少数の例外的薬品を使用している場合、これらが母乳中に分泌されなくなるまでの間、
6.母親が麻薬乱用者である場合、
7.母親の乳房に単純ヘルペスの病変がある場合(病変部が治癒すれば反対側の乳房から飲んでも良い。)
8.アメリカではHIV感染している母親は母乳を与えないようにアドバイスされている。
しかし発展途上国で他の感染症が流行している地域や低栄養のために乳児死亡率が高い地域では
人工栄養による死亡率の上昇は、HIV感染のリスクを上回っているかも知れない。
アフリカにおける研究では、HIV感染している母親から生まれた子が生後3~6ヶ月まで完全母乳栄養で育った場合、
HIVを児に感染させるリスクを上昇させない。
一方、完全に人工乳で育った児に比較すると、混合栄養児がHIVに感染するリスクはより高い。
HIV陽性のアメリカ人女性は子に母乳を与えるべきではないとされているが、この方針を変更するには
更なる研究が必要である。
(筆者注:妊娠中に母親のHIV感染が判明すれば、
A) 妊婦への抗レトロウイルス薬投与
B) 選択的帝王切開
C) 出生時に児を念入りに洗浄
D) 母乳栄養の中止
E) 出生児へのジドブジン投与
といった一連の感染予防処置によってHIV母子感染率は2%まで低下する。
HIV母子感染率は母乳保育によって、人工栄養児と比較して1.44倍になるため先進国では授乳禁忌である。)
<授乳禁忌とならない場合>
1.HBs陽性の母親から生まれた児への直接授乳は禁忌とはならない。
(筆者注:グロブリン筋注とワクチンによって母子感染を防止し、母乳栄養は積極的に行うべき。)
2.C型肝炎患者(HCV-RNAが陽性であっても)の母親から生まれた児への直接授乳は禁忌とはならない。
(筆者注:母子感染率は母乳栄養児と人工栄養児で差がない。)
3.母親が発熱していても授乳を止める必要はない。
4.環境に含まれる低い濃度の化学物質に曝された場合も授乳を止める必要はない。
5.サイトメガロウイルス(CMV)のキャリアでも授乳を止める必要はない。
(筆者注:CMVの感染経路は、経胎盤、産道感染、母乳感染がある。
このうち重症化するのは、経胎盤による先天性CMV感染症で、
産道や母乳を介した後天性CMV感染は一般的に無症候性か軽症例が殆どである。
正期産児では母乳を介して感染してもウイルス尿が認められるのみで、臨床症状は殆どない。
但し早産児は極めて稀に敗血症様症状を来した例が報告されている。
しかし低出生体重児における日本の研究で感染自体が少数例でしか起こらず、その全例で無症候性であった。
早産児や未熟児でも母乳の凍結によって感染を防げるとされている。)
6.1500g未満の極低出生体重児に、CMV-seropositiveである母親が授乳するかどうかは、
母乳から得られる利益と、CMVの感染のリスクとを比較して決定すべきである。
凍結と加熱によって母乳中のCMV量は感染を避けられる程度に減らすことができる。
7.母親の喫煙は授乳を止める理由とはならない。
但し、専門家はできるだけ早く禁煙することを勧めている。
少なくとも家庭内では喫煙しないようにアドバイスするべきである。
8.アルコールは母乳中に濃縮されるし、母乳分泌を抑制するので、授乳婦は飲酒を避けるべきである。
お祝い事の機会に少量のアルコールを1杯なら飲んでも良いが、飲酒後2時間は授乳してはいけない。
9.通常、よく起こりうる黄疸では母乳は一時的な中断も必要ない。
但し深刻な高ビリルビン血症では短期間だけ中断する必要がある。
(筆者注:母親がウイルス感染罹患時の成熟児への授乳の可否については以下の通り:
・母親のかぜ症候群、インフルエンザ、感染性胃腸炎、風疹、ムンプス等殆どのウイルス感染では
授乳は続けることができる。むしろ母乳により児を守ることが期待できる。
・母親のアデノウイルス罹患は3型、7型、21型では児に重症肺炎を起こす可能性があるため授乳させない方が良い。
・母親の麻疹罹患は児にγグロブリンを投与して授乳可能。特に搾母乳は可能。
・母親のA型肝炎罹患は児にγグロブリンを投与して、手洗いや排泄物の処理に気を付けて授乳可能。特に搾母乳は可能。
・水痘や帯状疱疹では、乳房に発疹がなければ搾母乳は可能。
発疹が痂皮化するまで直接授乳を避ければよい。
・単純ヘルペスでは病巣をACVで治療し、十分な手洗いと(口唇ヘルペスの場合)マスク着用によって
病巣が児に触れないようにすれば授乳可能。
→つまりHIVを除いて殆どの母体ウイルス感染時に授乳を続けられる。
母体への薬物投与に関しては以下の通り:
・新生児~乳児の生体からの薬物クリアランスは、成人と比較して、
受胎後30週(早産児)で10%、
34~40週(成熟児の出生直後)で33%、(特に生後1週間はクリアランスが低い。)
44~68週(月齢1~6頃)で66%、
68週以降(月齢6以降)で100%である。月齢6から児自身に使用可能な薬剤が増えるのはこのためである。
月齢1~2までは薬剤によっては蓄積が起こりやすいと考えるべきである。
・母乳生成は主に血中からの受動拡散によるが、能動輸送されるものもある。
血漿タンパク結合率が低いこと、弱塩基性、脂溶性、低分子量の薬剤が血中から母乳中に移行し易い。
Milk/Plasma比(M/P比)が高く、半減期の長い薬剤は児に移行して血中濃度が上昇し易い。
・日本においては殆どの薬剤の添付文書に「授乳婦への投与は安全性が確立されていない。」と記載されているが、
実際に医学的に授乳禁忌となる薬剤は殆どない。
日本語の教科書である「薬剤の母乳への移行(南山堂)」が出版されている。
AAPからは、「母乳中への薬剤および化学物質の移行」が数年毎に発表されている。
WHOからは、「母乳と母親への薬物投与」というガイドラインが発表されている。
これらを要約すると以下の通り:
<母乳禁忌薬剤の要点>
<授乳禁忌>
1) 抗ガン剤(代謝拮抗薬)
2) 免疫抑制剤
3) 乱用薬物(いわゆる麻薬)
4) 放射性医薬品(一時的な授乳中止でよい。)
<授乳注意>
5) 向精神薬(抗不安薬、抗うつ剤、抗精神病薬)
→特に長期投与する場合、児の傾眠、哺乳意欲減退、黄疸に注意。
6) ホルモン剤
7) その他
(スルホンアミド、クロラムフェニコール、テトラサイクリンは影響は少ないが副作用が出る可能性がある。)
<具体例:一部の乳児に顕著な影響を及ぼすため授乳中の母親に注意を促すべき薬剤>
acebutolol, atenolol, bromocriptine, aspirin, clemastine, ergotamine, lithium, phenobarbital, primidone, sulfasalazine,
<具体例:授乳中の乳児への影響は不明だが、懸念のある薬剤>
(抗不安薬) alprazolam, diazepam, lorazepam, midazoram, perphenazine, prazepam, quazepam,
(抗うつ薬) amitriptyline, amoxapine, clomipramine, fluvoxamine, imipramine, nortriptyline, paroxetine, trazodone,
(抗精神病薬) chlorpromazine, chlorprothixene, haloperidol, trifluoperazine,
(その他) amiodarone, chloramphenicol, clofazimine, metoclopramide, metronidazole, tinidazole,
<今後の課題>
AAPだけでなく、アメリカの産婦人科学会、家庭医の学会、母乳栄養学会、WHO、UNICEF等多くの組織が
月齢6までは完全母乳栄養で育てることを勧めてきたが、アメリカではまだ多くの母親が混合栄養を行っている。
1990年以降、出産直後から母乳を与える母親が着実に増えてきているが、
完全母乳栄養はかなり少なく、また1990年以降も殆ど増えていない。
月齢6の時点でも完全母乳栄養の児は、混合栄養に比べてわずかしか増えていない。
母乳栄養の開始や継続にとって障害となっているのは、妊娠期間中に母乳栄養に関する指導が十分行われないことによる。
また各病院毎に違う方針が母親を混乱させたり、不適切な断乳が行われている。
早過ぎる退院や、専門家による退院後の訪問指導や定期的通院による指導がないことが原因にもなっている。
母親が働かないといけなかったり、職場に復帰しても授乳させる設備がなかったりする。
家族がいなかったり、社会的サポートもない。
メディアも人工乳で育てることを普通のこととして扱ったり、
退院時パックには人工乳の広告が入っており、無料券や割引券が付いている。
あるテレビや一般雑誌で広告し、間違った情報を報道したり、
専門家からの指導や奨励がないことが完全母乳栄養普及の障害となっているのである。
(筆者注:<1997年版にあったが、2005年版では削除された表現>
・AAPは出生後の母乳栄養の比率を75%に、生後5~6ヶ月後の母乳栄養児を50%以上にするのを目的としてきたが、
未だ1995年の時点で、出生後の母乳栄養児は(混合栄養も含めて)59.4%、
生後6ヶ月の時点では21.6%と依然低く、しかもその多くが混合栄養であることが問題となっている。
→アメリカは世界でも最も母乳育児率が低い国の一つですが、具体的数値を載せることを止めたようです。
・アメリカでは母乳栄養を続ける人の多くが、30歳以上の女性で、大学卒で高収入であるという統計がある。
→アメリカでは完全母乳育児をしている母親の多くが高学歴の女性であることは事実ですが、
逆説的に、完全母乳栄養を行っていない母親を知的レベルの低い女性と非難していると受け取られないように
この表現が削除されたのだと筆者は考えました。
・そして母乳栄養を続けることの障害となっている原因として、
第一に「内科医の無関心と誤った説明にある」とAAPのサイトに載せています。
→世界に向けて発したAAPのサイトに、あからさまに医師(内科医)を名指しで批判していることに筆者は大変驚きましたが、
さすがに2005年版では「内科医の無関心と誤った説明」という一言は削除されていました。
しかし小児科医としてこの気持ちは分かります。
日本でも母親のウイルス性上気道炎に対して抗生剤や去痰剤等を出したら授乳を中止させる内科医が非常に多いことは
とても嘆かわしいことです。
<満期産児に対する母乳栄養法>
1.小児科医と他の専門家は明らかに禁忌となるケースを除き、全ての乳児に母乳保育を勧めるべきである。
母乳栄養に関して最新の完全な情報を伝え、栄養方法を決定してもらう。
もし直接哺乳ができない場合でも、搾乳した母乳を与えるべきである。
もし授乳禁忌と判明した場合でも、それが一時的なものかどうか熟考し、
もし一時的なものならば搾乳によって母乳産生を維持するようにアドバイスする。
早期に断乳することを勧める前に、母乳からもたらされる利益と母乳を飲まないことによる不利益とを比較すべきである。
2.母乳栄養の開始と維持は周産期において推奨されるべきである。
出産前後より両親に指導することは母乳栄養を成功させるのに必要不可欠です。
父親によるサポートと励ましは、授乳開始期においても、その後トラブルが起きた時でも母親にとって非常に手助けとなる。
母親に対する適切なケアと同時に、乳児を警戒させたり、哺乳行動を変容させたりする可能性のある
母親への投薬は最小限に控えなければならない。
乳児を傷付けたり、哺乳行動に影響を与えかねないことは避けるべきである。
必要もないのに過度に口腔内、食道、気道を吸引したり、
咽頭粘膜の損傷は哺乳を嫌がる原因にもなるため、これを避けなければならない。
3 健康な新生児は出生後すぐに母親の元に置かれ、最初の授乳までずっと肌同士が触れ合うように配慮されるべきである。
健康な新生児は生まれてから1時間以内に、特別な手助けがなくても母親の乳房にくっついて離れないでいることができる。
新生児を乾かし、Apgar scoreを評価し、母親の元に渡してから最初の身体の評価をする。
新生児にとって(ウォーマーの上ではなく)母親が理想的な保温源となる。
最初の授乳が終わるまで体重測定や身体計測、沐浴、採血や点眼は遅らせる。
(筆者注:1997年版では「最初の授乳はできるだけ早く始める。通常、1時間以内の開始が推奨される。」
と記載されていました。
WHOは「分娩後、30分以内に母乳を飲ませることを推奨」しています。)
母親への投薬によって影響を受けた新生児は、効果的に乳房に吸い付くために補助が必要になるかも知れない。
特殊な状況以外では新生児は回復期もずっと母親と一緒にいるべきである。
4.医療行為が必要な時に医師が処置を行う場合を除いて、母乳栄養児に水、糖水、人工乳等を与えてはいけない。
5.ゴム乳首は授乳開始期には最も避けなければならない。
ゴム乳首が許されるのは、完全に母乳栄養が確立されてからに限られる。
ある乳児ではゴム乳首の使用が、望ましい母乳栄養法の確立の妨げになるかも知れない。
一方、他の乳児においてゴム乳首の使用が意味するところは、介入が必要な授乳問題の存在を示しているのかも知れない。
この推奨は吸啜反射や未熟児の口腔運動の練習用にゴム乳首の使用を禁じている訳ではない。
6.自分の子が新生児期は1日8~12回は哺乳するように母親は努力しなければならない。
(筆者注:授乳回数が多いことは全く問題ではない。
実際、1日の授乳回数が8回以下よりも10~12回の頻回授乳の方が児の体重増加が良好というデータもある。)
児が哺乳したがっている様子:
例えば覚醒し周りを注視していたり、活動性の増加、口をポカンと開けたり、口を擦り寄せて乳首を探す動き等
を見つけたらいつでも母乳を与えるように努力するべきである。
啼泣はかなり空腹が進行したサインである。
適切な母乳栄養の開始は、昼夜を問わず母児同室を続けることで容易になる。
児が母親の乳房に吸い付いている限り、哺乳毎に両方の乳房を児に与えるべきである。
哺乳毎に両方の乳房を交互に与えることによって、等しい刺激と乳汁分泌が得られる。
(筆者注:1997年版では「通常片方の乳房毎に10~15分吸い着く」と具体的な時間が書かれていましたが、削除されました。)
新生児期~乳児早期は、最後の哺乳の開始時刻から4時間が経過していたら、
欲しがっていない乳児も起こして哺乳させるべきである。
母乳栄養が完全に確立した後は、1日に約8回もの頻回哺乳にはならないが、
児の体重増加が著しい期間や、哺乳量の増加が望まれるときは頻回哺乳になることがある。
7.児の位置、吸い付き方、嚥下を含めて授乳の正しいやり方は、
訓練された専門家によって少なくとも1日2回は指導を受け、入院中は毎日記録する。
入院中や退院後1週間は排尿や排便を毎回記録するように、哺乳毎に哺乳時間と回数を記録するように母親に奨励する。
これによって授乳確立の評価がしやすくなる。
8.全ての母乳栄養児は日齢3~5に小児科医や他の専門家の診察を受けることをAAPでは勧めている。
(筆者注:1997年版では「退院から48~72時間に再び訪問指導を受けるべきである。」
「出産後48時間以内に退院した場合、日齢2~4に母児は小児科医か専門家を受診するべきである。」
とされていました。)
児の体重測定、内科的診察、特に黄疸の程度と水分量が適切か、充血や哺乳時の疼痛等の授乳に関するトラブルがないか、
乳児の排泄パターンは正常か、
(日齢3~5では1日に3~5回の排尿と3~4回の排便、日齢5~7までに4~6回の排尿と3~6回の排便となるのが正常である。)
母児の位置、吸い付き方、母乳の与え方といった母乳栄養を正式に評価する。
出生体重から7%以上体重が減少した場合、母乳のトラブルの可能性があり、
更に詳細に母乳について評価し、問題をはっきりさせ母乳の分泌を促進させる。
9.専門家が体重増加を評価したり、アドバイスしたり、産褥期に母親を励ましたりするために
生後2~3週間の頃、通院するべきである。
(筆者注:1997年版では、「全ての新生児は月齢1まで診察を受けるべきである。」とされていました。)
10.小児科医と両親は、完全母乳栄養によって月齢6までの理想的な発育と発達が達成されているか
また下痢や呼吸器感染症に罹患しないように注意する。
母乳栄養は少なくとも1歳までは続けるべきである。
そして母児が望む間はできるだけ長く母乳を与え続けるべきである。
(筆者注:1997年版では「1歳までに断乳した児でも(無調整の)牛乳を与えてはいけない。
この場合も鉄分を強化した乳児用人工乳を与えるべきである。」とされていました。)
月齢6になったら鉄分を多く含んだ食べ物を徐々に与え始める。
未熟児、低出生体重児、血液疾患を持った児、出生時の貯蔵鉄が少ない児では
月齢6以前でも鉄分を徐々に補給する必要がある。
完全母乳栄養を続けながら鉄分を補給する。
(筆者注:1997年版では「鉄分も貯蔵鉄が少なかったり、貧血があるときにのみ鉄分補給が必要になることがある。」
という表現であったが、2005年版ではAAPは鉄分摂取に積極的になっている。)
乳児によっては月齢4頃から離乳食を欲しがり必要となるケースもあるが、
他の児では月齢8頃まで離乳食を必要としない場合もある。
月齢6以前に離乳食を導入することは一般的には摂取カロリーが増えたり、成長が促進されるわけではない。
また離乳食には母乳に含まれる感染防止成分が含まれていない。
母乳栄養児にとって月齢6までは例え熱帯気候の地域ですら水や果汁は必要ない。
それらは雑菌やアレルゲンを接種する原因となり得るからである。
授乳期間を延長することは、健康面と発達面から児にとってかなり有利である。
また母親にとっても多産を防ぐことができ、兄弟の間隔を理想的に保てる。
母乳栄養の期間について上限はなく、3歳を過ぎても授乳を続けることが心理面や発達面で有害であるという根拠はない。
月齢12以前に断乳した児に牛乳を与えるべきではなく、鉄分を強化した人工乳を与えるべきである。
11.全ての母乳栄養児は初回の授乳後、かつ生後6時間以内にビタミンK1 1.0mgの筋注を受けるべきである。
月齢4までに同量の筋注を受ける。
ビタミンKの経口投与は推奨されない。
母乳栄養児が乳児期に起き得る出血を防ぐのに必要なビタミンKの貯蔵を得るのに、経口投与では不十分な可能性がある。
(訳者注:日本では出生日、生後1週間、生後1ヶ月と3回ビタミンKを経口投与することになっているが、
毎年十数人のビタミンK欠乏性出血性疾患の発生がある。このうち約3/4はビタミンKの投与歴がある。
西欧では月齢3まで全乳児に対して週に1回ビタミンKの経口投与を行っている。
頭蓋内出血を減らすためにアメリカの方法を試みる価値はあると筆者は考えます。)
12.全ての母乳栄養児は生後2ヶ月間は毎日200IU/dayのビタミンDを経口摂取するべきである。
(筆者注:これは必要所要量の1/2であり、過剰摂取になることはない。
1997年版では「ビタミンD不足の母親や適切な日光浴をさせていない児にのみビタミンDが必要となることがある。」
とされており、ビタミンDの補給は推奨されておらず、AAPは日光浴を認めていました。)
この後も、ビタミンD強化ミルクか牛乳の消費量が500ml/dayを越えるまで続ける。
母乳は少量のビタミンDを含んでいるが、くる病を防ぐのに十分ではない。
通常、日光中のB波紫外線を浴びて皮膚でビタミンDが作られるが、短期的には日焼けや長期的には皮膚癌のリスクを高める。
特に小児では日光に当たることには慎重にならなければいけない。
当然ながら日焼け止めは皮膚におけるビタミンDの合成を減らす。
13.生後6ヶ月間はフッ素化合物を与えてはいけない。
月齢6から3歳にかけてフッ素化合物を与えるかどうかは、水道水のフッ素濃度、食品中や歯磨粉のフッ素含有量によって決定する。
通常、飲料水中のフッ素濃度が0.3ppm以上であればフッ素のサプリメントは必要ない。
(筆者注:欧米では水道水にフッ素が含まれていますが、日本ではそうではないので歯科における塗布が月齢6以降に推奨されます。)
14.母児は添い寝すべきである。それによって授乳が容易になる。
15.万が一、母乳育児をしている母児のどちらかが入院することになったら、
可能ならば直接哺乳できるように最大限の努力をし、搾乳して母乳を維持するべきである。
必要であれば搾乳した母乳を児に与える。
<<ハイ・リスク児に対する注意事項>>
・医師は、未熟児とハイ・リスク児に対して母乳を与えるように勧めるべきである。
それは直接哺乳でも母親自身が搾乳したものでも良い。
母乳栄養に関する母親へのサポートや教育はできるだけ早期から始めるべきである。
母児のスキンシップと直接哺乳は可能な限り早期から始めるべきである。
・1500g未満の児の多くは強化母乳が必要とされる。
・母親が自分の母乳を児に与えられない場合や、与えることを望まない場合、
母乳バンクの母乳は、望ましい代替品になる。
北米の母乳バンクは、スクリーニングとドナーの検査と流通前に全ての母乳を低温殺菌するという国家のガイドラインに基づいて、
品質をコントロールしている。
スクリーニングを受けていないドナーからの新鮮な母乳は感染症のリスクのため勧められない。
・glucose-6-phosphate dehydrogenase (G6PD) deficiencyを持つ患児は用心しないといけない。
G6PD欠損症では溶血、高ビリルビン血症、核黄疸のリスクが上昇する。
G6PD欠損症の児やG6PD欠損症が疑われる児に母乳を与えている母親は、
Fava beansやnitrofurantoin, primaquine phosphate, phenazopyridine hydrochlorideといった薬品を摂取してはいけない。
それらは溶血を引き起こすことが知られている。
<母乳栄養を推進するための小児科医の役割>
<一般的事項>
1.母乳栄養によって母児にもたらされる健康面と発達面における利益について科学的根拠を幅広く考慮し、
強く母乳栄養を勧める。
2.母乳育児を当たり前の文化として推奨する。家族を励まし、社会的サポートを推進する。
3.母乳育児に関してそれらが適切なものであれば文化毎の多様性を認め、それらを実践し励ます。
<教育>
1.母乳栄養に関して生理学や最新の臨床をよく知り、熟練する。
2.医学部教育、臨床研修期間、小児科医としての専門研修における正式のトレーニングとして母乳栄養法を推進するように努力する。
3.年齢に応じた適切な母乳育児を、機会がある毎に学生や両親へ教育する。
<臨床への応用>
1.産科医達と協力して、周産期において女性が正確で十分な情報が得た上で、乳児の栄養法について決定できるようにする。
2.歯科医達と協力して、母児の口腔の健康を保ち、母乳育児を続けられるように推進する。
3.乳児は月齢6から1歳の間に小児科医によって口腔内の健康についてチェックを受けるべきである。
もし虫歯や他の口腔内疾患のリスクがあれば歯科医に評価を依頼する。
4.母乳育児を推進するという病院の方針を進めていく。
5.母乳育児を妨げるような病院の方針は取り除いていく。
(例えば人工乳の広告、退院時パックに入っている人工乳の割引券や無料券、入院中の母児分離の方針、
母親の不適切な授乳法のイメージ、病院職員の母乳保育に関する適切な励ましやサポートの欠如等)
病院内において内科医も含めた医療スタッフの母乳栄養法についてのトレーニングを徹底し、
いつでも授乳に関する専門家を利用できる状態にする。
6.入院・外来を問わず病院では、効果的な搾乳器を提供し、全授乳婦が利用できる授乳のための個室を用意する。
7.母乳育児に関する地域のサポート体制について把握し、患者が利用できるようにする。
(例えば、WIC clinics、母乳育児に関する医師や看護師のスペシャリスト、授乳について教育する人、コンサルタントを熟知し、
支援団体や搾乳器のレンタル・ステーションを立ち上げたりする。)
8.小児科医や他の母乳育児の専門家を受診できたり、搾乳器のレンタル費用を含めて
母乳栄養法に必要なサービスをカバーした適切な医療保険に皆が加入するように勧める。
9.理想的な母乳栄養法を教育し、サポートし、カウンセリングしていくために母乳育児に関する他の専門家と
効果的な意思疎通や協力を行っていく。
AAPとWICの母乳育児に関するまとめ役は協力体制を容易にし、母乳育児をサポートする組織の計画を推進する。
10.授乳期間中は毎月、母親が自分自身で乳房の診察を行うように勧め、
年に1回は内科医による乳房の診察を受けるように指導する。
<社会>
1.母乳栄養法が普通のことであり望ましいことであるとメディアに報道してもらう。
2.母親の雇用者に対して、職場に授乳させるための場所を作り、適切な回数だけ授乳や搾乳できる環境を整えることを勧める。
3.母乳育児の支援者を励まし、親によって搾乳された母乳を使用することを奨励する。
4.母児分離中であったり、拘留中や裁判中でも母乳栄養を続けられるように裁判所に働きかけ、両親の努力をサポートする。
5.乳児を養子とした母親に対して、母乳分泌を誘導して授乳させる決心ができるようにカウンセリングを受けてもらう。
6.政府に賛同してもらい、母親が母乳育児を選択することを支援する法案を立法するように働きかける。
<研究>
1.母乳栄養法に関する基礎研究や臨床研究の継続を推進する。
更なる母乳栄養法の科学的理解を深める研究を成し遂げられるように資金を斡旋したり、研究者を鼓舞したりする。
<<結論>>
経済的、文化的、政治的な圧力によって乳児の栄養法を決定する際にしばしば困惑することがあるが、
AAPとしては、乳児の健康面、発達面、心理面にとって最も利益が大きいのは母乳栄養法であるという強い立場を採っている。
母乳栄養法の推進と実践において、理想的な小児の健康、成長、発達を得るためには
小児科医を巻き込んだ熱心なサポートが必要である。