<母乳保育による母子関係の確立>
<子どもから母親への愛着形成>
母親は授乳のために子供を抱き上げますが、これは最も自然なスキンシップであり、
生後の母子の関係はスキンシップと授乳から始まります。
Bowlby, J.M.は
「不安を抑制し、探索行動を活性化し、子供に安心感や自己や他者への信頼感をもたらすもの」を”愛着”と呼び、「愛着の形成はその後の子供の心身の発達の鍵を握るもの」としています。
その際の母親の役割は「子供が外の世界を探検する際の安全な基地の役目を果たす」としています。
ユダヤ系アメリカ人であるErikson, E.H.は他民族国家であるアメリカにおける多数の母子関係の詳細な観察を行いました。
母親の皮膚の感触、母親のまなざしは子供に安心感を与え、この繰り返しは「基本的信頼の獲得」に重要としています。
この乳児期の母子の信頼関係が基礎となって、将来に渡る人との信頼関係が構築されるのだと結論付けています。
「人を信じる」ということは、まず乳児期から幼児期にかけて「母親を信じる」ことから始まるのです。
哺乳類に限らず生命の最も原始的な感覚器は嗅覚と言われており、人間の嗅覚も脳から直接鼻腔に出ていて臭いの分子を直接神経の表面に吸着して臭いを感じます。
MacFarlane, A.は、母親の乳房のパッドを新生児の顔の前に持ってくると、
未使用のパッドではなく、母親の臭いの付いたパッドの方に顔を向けるという事実を発見しました。
視力が非常に弱い新生児期から母親の臭いに特異的に反応し、臭いに対する条件付けあるいは記憶があることが推測されます。
生後1ヶ月頃は嗅覚を主に、2ヶ月過ぎには視覚的に、
6ヶ月頃には授乳中の母親をかなり認識するようになります。(この頃から”人見知り”が出始めます。)
9ヶ月頃にははっきりした認識が確立します。
<母親から子どもへの愛着形成>
子供が母親の乳頭を吸啜すると、母親の下垂体からプロラクチンの分泌されます。
これによって母乳の産生が促進されます。
同時にオキシトシンも分泌され、これによって射乳反射が起きます。
プロラクチンには母性増強、オキシトシンには精神安定作用を有することが分かっています。
このようにスキンシップだけでなく、ホルモン作用からも母親から子への愛着を強める効果があります。
出産後7週目頃(6~8週目頃)に生じる産後うつ病は、母乳育児していない母親に多いことが分かっています。
これは母乳育児をしている母親は、これらのホルモンが多く分泌され、鬱症状を抑制するのではないかと
Miriam, HL は推測しています。
Klaus, M.H.とKennell, J.H.は、出産後2~3日の間に、母子が一緒に過ごした時間とその後の母子関係について大規模な調査を年余に渡って行いました。
接触が長かったグループの母親は子供を頻繁に愛撫し、目と目を合わせることが多く、
子供が驚いた時などすぐに抱いてあやし、母乳保育も順調で長期間続けることができていました。
2歳時点での調査では、このグループの母親は表現豊かな語らいを多く使い問いかけることも多かったが、
接触の短かったグループの母親は子供に命令口調を取ることが多かったということです。
もちろん例外的な母子関係は存在しますが、統計的に見ると揺るぎない事実です。
わずか2~3日の母児分離がその後、永きに渡って影響を及ぼしているということです。
(筆者注: 羊で同様の実験をすると1日間の分離で母羊は全く子羊の面倒を見なくなってしまうそうです。
日本では、産後母児共にきついだろうからと子は新生児室に預けられ、
母親は自分の病室に戻って休み、1日数回面会して抱くということが当たり前のように行われていますが
それは母子にとってとてもひどいことをしていると言えます。)
母乳保育児には子を虐待することが殆どありません。
逆に少年院に収容されている少年達の母乳保育率は6%しかありません。
母乳の神経学的発達の促進による効果以上に、
母乳保育がなされないために母子の愛着形成が不十分であり、また愛着形成が確立されないために母乳保育が続かないとも言えます。